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第5話 私の居場所はないみたい

「……やっと注文も落ち着いてきたか」


 授業を終え、ファミレスでのバイト中。

 書き入れ時の目まぐるしいせわしなさが過ぎ、皿を片付けながら席を埋める客がまばらになってきたのを確認する。

 一通り片づけたらシフトの時間的にもちょうど良さそうだ。


 フロアと厨房を行き来しながら片付けている間、もう一人のフロア担当――姫宮の姿をなんとなく目で追った。

 ウェイトレスの制服を身に纏い、金色のツインテールを揺らしながら歩く様はそれだけでも絵になる。

 おまけに学校での仏頂面は影も形もなく、客当たりのいい柔らかい表情だ。

 猫被りの末に生まれた作り物と知っていても、人の目を惹くだけの魅力が溢れているらしい。

 魅力的過ぎるのか、時折客から言い寄られている姿をよく見るが。


 ここはファミレスであってコンカフェだとか大人の店じゃないんだぞ。

 大抵の人は姫宮が自分で適当にあしらっているけど、ごくまれに本当にしつこい人がまとわりつくこともある。

 一度や二度じゃないのだから驚きだ。

 その時はシフトに入っている男の人が割って入ったりでフォローをしているのだが……なんというか、女の人は大変だなと他人事のように思う。


「よし。高校生二人は上がっていいぞ」

「お疲れ様でした。お先に失礼します」

「お疲れ様でした!」


 粗方皿を運び終えたところで店長から声がかかり、俺と姫宮は上がることになった。

 ちなみに前者が俺、後者が姫宮の返事である。

 姫宮のキャラが学校とは全然違くて、ギャップで風邪を引きそうだ。


 挨拶を済ませ、着替えるための更衣室へ向かう途中。


「幽深くん、ちょっといい?」

「どうしたんだ?」

「二つほどお願いがあるんだけど、聞いてもらえたり……する?」


 姫宮に尋ねられ、聞くだけならと頷く。

 普通の男子なら上目遣いの姫宮にやられて内容を聞かずに了承していただろうな。

 だが、俺は凡人一般男子高校生――姫宮の誘惑にやられない程度には理性がしっかりしているのだ。


 なんて冗談は置いといて、姫宮のお願いについて薄々察しがついていたから素直に聞こうと思っている訳だけど。


「その、ね。昨日、コンビニで男の人に絡まれていたじゃない」

「俺が白馬の王子様みたいに助けたからな」

「……王子様かどうかは置いといて、助けてくれたのは感謝してるわ。それで、もしもまた絡まれたら怖いから、幽深くんさえよければ家まで送ってほしいの」

「それくらいは別にいいぞ。夜の散歩は乙なものだ」

「ありがと。本当に助かるわ。それでもう一つのお願いなんだけれど……私の家に知らない男の人がいたって話、覚えてる?」

「まあな」

「もし今日もその人がいたら、とてもじゃないけれど家には帰れないの。だから……もしもの時は泊めてもらうことって――」


 様子を窺うかのようにおずおずと俺を見上げて姫宮が口にする。

 青い目に滲むのは不安と恐怖だろうか。

 夜道で襲われるのも、家出知らない男と顔を合わせるのも、姫宮くらいの女子なら誰でも恐怖を感じるはず。


 難癖をつける気は一切ない。

 学校とバイト先でキャラは違えど、本質的な真面目さは姫宮自身のもの。


 クラスメイトでバイトの同僚とはいえ年頃の男、しかも一人暮らしをしている俺の家に転がり込むのが第一の選択肢なのはどうかと思うが。

 昨日姫宮に手出ししなかったとはいえ、俺とて男の端くれ。

 性欲は当然あるし、姫宮の容姿はそれをぶつける対象としてじゅうぶん。

 それを理解していない姫宮ではないはず。


 なのに、それでも俺を頼るあたり、本当に行く当てがないのだろう。


「あんまり良くはないけど、見て見ぬふりはまずいよな。俺、動きます……ってことで、昨日の感じでよければ泊めるぞ」

「……本当にありがとう。恩に着るわ」


 ホッとした風に胸元に手を当て、緊張していた表情が少しだけ緩む。

 こっちは現状、ただの非常プラン。

 俺の心と学校生活の平穏のために、そうならないことを祈っている。


「着すぎて着ぶくれしないようにな」

「返したいとは思っているのよ? でも、あんな風に対価はいらないって言われて……私もどうしていいのかわからないの」

「だから言っただろ? 美少女の顔を眺めながら食う朝飯は美味いって」

「……本気で言ってそうで怖いわね。とりあえず着替えましょ」

「だな」


 話もついたところで男女別れた更衣室で学校の制服に着替えを済ませ、外へ。


 夜の十時前にもなると、空はすっかり暗くなっている。

 六月で夏目前でも、夜はそれなりに涼しい。


 ぼんやり空を見上げれば街の明かりよりも輝く星が浮かんでいる。

 あれがデネブアルタイルベガ……なんて言うには時期が早いみたいだけど。


 益のないことを考えながら時間を潰していると、軽い足音が聞こえてきた。


「待たせてごめんなさい」

「んや、全然待ってないぞ。具体的には五分くらいだ」

「いちいち一言多いわね。待たせたのは私だから強くは言えないけれど……後半は絶対に要らないと思うわ。恋人相手にも同じことが言えるの?」

「姫宮が恋人になってくれるのか?」

「なるわけないでしょ。馬鹿なことを言わないで」


 俺の言葉が冗談とわかりきっているからか、姫宮の対応もぞんざいだ。


「幽深くんって人畜無害そうな顔をしておいて中々際どいことを言うわよね」

「誰かさんが言うには捻くれ者らしいからな。外見と中身が多少乖離しているくらいは可愛いもんだろ。誰かさんと同じでさ」

「そうね。バイト中の私を学校の人が見たら笑われるわ」

「笑われる以上に可愛いって言われそうなもんだけどな」

「……そういうことを臆面もなく言うところ、直した方がいいわよ。軽い男だと思ってしまうから」

「その軽い男の家にもしもの時は転がり込もうとしている姫宮に言われたら、姫宮が軽い男の口車に乗る女ってことにならないか?」


 ただの冗句のつもりで言ったのに、姫宮はどこか深刻そうに顔を伏せた。

 そして、ため息をつきながらぼんやり空を見上げる。


「…………そうだったら、もう少し気が楽だったのかもしれないわ」


 その言葉に秘められた思いを推察することは叶わない。

 きっと、姫宮の核心に触れてしまうだろうから。


「それより、そろそろ行きましょ。あんまり遅くなって迷惑をかけたくないから」

「夜道ではぐれないように手でも繋ぐか」

「どうしてもって言うならお金を取るわ。十分5000円ね」

「大人の店でももうちょい良心的だと思うぞ?」

「安い女だなんて思われたくないもの」

「そうかい。金貯めたらまた今度だな」

「……やめてよ。ほんの冗談じゃない」


 俺も冗談のつもりだったのに結構本気めに拒絶されてちょっと悲しい。


 姫宮に案内されながら、適当に雑談を交えて歩く。

 会話が止まることもあるけど、別段嫌に感じないのは姫宮がそういう空気を意図して作っているからか。

 学校とバイト中の中間みたいな感じ。

 俺が姫宮の頼みを聞いている状況も一役買っていそうだ。

 そうでなければ無限にも等しい不可視の壁を作られて会話すらままならないだろう。


 そんなこんなで不審者に絡まれずに歩くこと十分ほど。

 姫宮が立ち止まったのは、やや古いアパートの前だった。


「……ここが姫宮の家」

「驚いたでしょ? わかってると思うけど誰にも言わないで。言ったら……これだから」


 軽く握った拳を見せられ、はいはいと頷く。

 ……けど、あの姫宮の家が目の前のボロアパートだったなんて。


「一応聞くけど、このアパート全部が姫宮の持ち物って意味だったり?」

「一部屋だけの賃貸で、お母さんと二人暮らし。その一言で私をどんな風に思っていたのかバレバレ。箱入りお嬢様なんかじゃないわ。どこにでもいる一般人」


 少なくとも今は、ね。


 ギリギリ聞こえる程度の声量で呟いたそれは、吹き抜けた風に溶けていく。


「とりあえず一つ目のお願いはこれで終わり。だけど……もしもがあるから、少しだけ待っててほしいの。何もなくても一度戻ってくるから」

「わかった」


 言い残して、姫宮がアパートの一室の鍵を開けた。

 軋んだ金具の音が嫌に響く。

 扉を閉めて消えた姫宮の背を見送り、どうか昨日の二の舞にならないようにと心の底から願って――


 数分後。


 部屋から出てきた姫宮は、大きなカバンを肩から提げていた。

 顔を伏せながら早足で近づいてきて、目の前で立ち止まる。


 そして、おもむろに顔を上げた姫宮は、


「……ごめん、幽深くん。しばらく泊めてもらっていい? この家に私の居場所はないみたい」


 今にも泣きそうな顔をしていた。


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