第3話 姫宮って可愛いんだな
目覚ましが鳴るより早く目覚めた俺はソファーでうだうだ時間を潰すことなく起き上がり、朝食の支度にとりかかる。
今日は姫宮もいるから二人分だ。
材料は多分足りるはず。
足りなければ途中で買い食いでもすればいい。
「姫宮はちゃんと寝れたかな」
バイト先が同じとはいえ、学校では関りのない異性と二人きりの家で熟睡できるとは考えにくい。
部屋を分けて可能な限り精神的に安定する状況を作ったものの、泊まるに至った経緯が経緯だ。
もちろん俺は姫宮に手を出していない。
おやすみと言って別れた後、リビングから出ずに朝を迎えた。
けど……朝は起きていてもらわないと困る。
平日だから学校があるし、そのための支度もある。
あと、姫宮だけを残して学校に行けないし。
「モーニングコールくらいは許されるよな」
朝食の目玉焼きとベーコン、トーストを焼き終えたところで部屋の前へ。
洗面所やトイレにいないことは起きた直後に確認している。
部屋にいるのは確実だ。
「姫宮、朝だぞ」
ノックをしながら呼びかけ、しばらく待つ。
これで起きてこなくてもギリギリまで粘るつもりだ。
俺の家とはいえ、女子が眠る部屋に入るのは良くないだろうと思ってのこと。
姫宮は一切信用していなかったが、本当に手出しする気はないのだ。
すると、ゆっくりドアが開いて、
「……おはよ、幽深くん」
眠たげに目を擦る姫宮が顔を出した。
学校で見るシャキッとした雰囲気からはかけ離れた、どこか気だるげな様子。
朝に弱いのだろうか。
頭の上で寝癖がぴょこと跳ねているのも相まって、内心笑ってしまいそうになる。
姫宮が着ているのは俺が貸し出した中学時代のジャージ。
サイズもちょうどよくて安心だ。
その下に何も穿いてないってことを考えなければ、だが。
「おはよう、姫宮。よく眠れたみたいだな」
「……自分の想定より、ね。拍子抜けした気分よ。あんなに心配して不安に思いながら布団に入ったのが馬鹿らしく思えてくるわ」
「俺は真摯な紳士だからな。客人に手を出すような真似はしないさ。飯の準備は出来てるから先に着替えてきてくれ。下着とブラウスも乾いてるはずだし」
「……紳士ならそういう目で見ないで。というか、朝ご飯も作ってくれたの?」
「モーニングサービスの範疇だ。俺が作った飯なんて食えないって言うなら食わなくてもいいけど」
「ありがたくいただくわ。……着替えてくるけど、覗かないでよ?」
「わかってるって」
姫宮が胸元を腕で隠しながら脱衣所へ消えていく。
覗くつもりは本当にない。
俺はテーブルに朝食を並べていると、着替えを済ませた姫宮が戻ってくる。
制服姿ながら髪は整えていないらしく、頭のてっぺんに寝癖が残っていた。
「……なによ、そんなに見て」
「いや、可愛い寝癖がついてるなと思ってさ」
「っ、これは……あんまり見ないで。後で直すから」
「ドライヤーは好きに使ってくれ」
「……至れり尽くせりね」
あくまでアメニティの範疇だろう。
呆れた様子で俺を見ていたが、気にしない。
姫宮もテーブルに着いたところで朝食を食べ始める。
目玉焼きにベーコンとトーストは定番だから外れない。
作る手間もかからないから重宝している。
自分で作るとなると美味しさよりも手間を考えてしまうからなあ。
「幽深くん、料理も出来るのね」
「焼いただけだぞ」
「でも、二人分用意するのは手間がかかるわ。私もするから多少わかるつもり。片付けくらいは私が――」
「もう終わってる。これはただのサービスだから気にするな」
「それじゃあ私が貰ってばかりじゃない。ただより高いものはないのよ。幽深くんは私に一体何を望んでいるの?」
「別に何も。強いて言えば何事もなく平和に過ごせることだな」
平和に過ごすの意味には精神的なものも含まれる。
一応バイト先の同僚でクラスメイトの姫宮が目の前で不幸になるのは寝覚めが悪い。
他に頼れる人がいるなら見捨てるつもりだった
泊めたのは俺以外のあてがなさそうだったから……それだけの理由だ。
けれど、理解されない理由だとも思う。
現に姫宮も困った風な目を俺へ向けているのだから。
「……そんなに親切にされても困るのよ。簡単に信じられるほど純粋じゃないの。何事にも対価が必要でしょ? なのに、私はまだ幽深くんに何も支払えていない。無価値だって言われているみたいで、納得できない」
「対価なら今貰ってるだろ」
「……?」
「朝っぱらから美少女の顔を眺めながら飯を食えるんだぞ? おかげで飯が美味い気がする」
肩を竦めて答えれば、姫宮は信じられないと言いたげに目を見開く。
想定していなかった答えだったのだろう。
身体を差し出せとか、金を出せとか、そういうことを言われると思っていたはず。
なのに蓋を開ければバカみたいなことを言われたのだから、こんな反応になっても仕方ない。
「いや、飯が美味いってのは大事なことだぞ?」
「……釈然としないわ。悩んでいた私が馬鹿みたいじゃない」
「ばーかばーか」
「…………本気でムカついてきたから殴っていいかしら」
「暴力反対!」
「なんなのよ、本当に」
軽く掲げた拳を解いて、息をつく。
完全に興を削がれてしまったらしい。
……なんか、姫宮の顔赤くないか?
肌が白いから赤みが良く映える。
「……でも、ありがと。ちょっとだけ元気になったかも」
ぎこちなく微笑んだ姫宮を見ながら、ふと思う。
「姫宮」
「どうしたの?」
「姫宮って可愛いんだな」
「なっ……!? 急に何言ってるのよっ!? 馬鹿なの!? 馬鹿なのよねっ!?」
「すまん訂正。学校で見るより可愛げがあるって言いたかった」
「なによ可愛くないって言いたいのっ!?」
「そうはいってないだろめんどくさいなこの女」
「はぁ~~~~~~~!??!?!??」
朝から甲高い声を上げるんじゃない、ご近所迷惑になるだろ。