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第19話 やっぱり親子なのね

「お待たせしました。ご注文の出汁巻き玉子と鶏唐揚げ、特製キムチになります」


 注文されていた品をお客さんのテーブルに並べ、一礼して戻る。


 夜の八時に差し掛かる今はかなり慌ただしく注文が飛び交う時間。

 休む暇はなく、私を含めた店員一同が忙しなくホールと厨房を行き来していた。


 今日もバイトは十時まで。

 終わったら迎えに来てくれる幽深くんと一緒に話しながら帰るのが、ここ一週間ほどの常になっている。


 念のためにと頼んだ迎えだったけれど、まさか本当にストーカーがいるなんて思いもしなかった。

 私はそれなりに人の視線に敏感なつもりだ。

 なのに、幽深くんが先にあの男の存在に気づいていたことに驚きを隠せない。

 私が気づけなかっただけで、一人の時もいたんじゃないかと考えてしまう。


 それだと幽深くんの家に泊っているのもバレていておかしくない。

 マンションの中には入ってこられないから部屋までは割れていないはずだけれど……迷惑をかけているのは事実。

 これ以上の負担は強いれないと思っていたのに。


「姫宮、病院から電話だ」


 厨房に戻ったタイミングで店長からそう告げられる。

 病院? なんで私が?

 この通り元気だし、直近で病院から電話がかかってくることをした覚えもない。


 やや怪しみながらも電話を替わる。


「もしもし、姫宮ですが……」

『○○病院の者です。実はあなたのお母様が過労で倒れまして――」


 ……お母さんが、過労で倒れた?

 さぁっと、血の気が引いていく感覚を覚えてしまう。


 それから話を聞いていると、命に別状はないようでひとまず安堵する。

 点滴を打っていて、しばらくは安静とのこと。

 しかし念のためご家族の方に来ていただきたい、とのことだった。


 バイトを抜けるのは周りに迷惑が掛かってしまう。

 そう思いながらもお母さんが心配なのは、家出をしていても変わらない。


「姫宮、病院はなんて?」

「……お母さんが倒れたから、一度来て欲しいと」

「そんじゃさっさと行ってこい。一人抜けるくらいはわけねえよ。いつも真面目に働いてくれてんだ。誰も文句は言わねえさ」


 店長は手は止めず、私に行けと言ってくれた。

 その心遣いに感謝しながら「ありがとうございます」と一言伝え、着替えてから急いでタクシーを呼んだ。

 病院は徒歩でも行ける圏内だけれど、心配の気持ちが勝ってしまった。

 到着したタクシーに乗り込み、お母さんが運ばれた病院へ。


 受付で名前を出すと、確認の後にお母さんの病室を教えてくれた。

 私はどんな顔でお母さんに会えばいいんだろう。

 家出してから十日は会ってないし、あの男の詳細も聞けていない。

 それでも過労で倒れたなんて連絡が来たら心配が勝ってしまう。


 それに……お母さんが倒れたなら、あの男がいてもおかしくない。

 その場合は男のことを聞き出すこともできない上に、危険な状況を強いられる。

 帰るタイミングを無理矢理合わせられて二人きりの瞬間を作られたら――


「……幽深くんを頼るしかなさそうね」


 一人で解決することを諦め、頼るという選択肢が浮かんだのは今までの私では考えられない。

 心を赦せるほど信じられる人なんて出来ないと思っていたのに。


 病室の前で深呼吸。

 気持ちを落ち着けてから、扉を開けた。


 個室の病室。

 漂う消毒液の匂いと、エアコンの稼働音。

 窓際に置かれたベッドで眠っていたのは、少し見ない間にどこか老けた気がするお母さん。

 腕には点滴の管が繋がれていて、吊るされたパックには透明な液が溜まっている。


 私が扉を開けた音に反応したのか、お母さんはゆっくりと首を動かした。


「……茨乃? どうしてここに」

「どうしてって……過労で倒れたなんて言われたら、心配になるでしょ」


 まるで私が来るのを予想していなかったような雰囲気のお母さん。

 命に別状はないと聞いていても、自分で目にしてやっと安堵が湧いてくる。


「……そう。家出しちゃったから、てっきりお母さんのことを嫌いになったんじゃないかって思っていたんだけれど。茨乃も高校生、年頃だから反抗期なのかなって」

「…………反抗期かどうかはわからないけど、お母さんのことは嫌いじゃないって今はっきりわかったから」


 本当に嫌いなら様子を見に来ることはなかったはずだ。

 不信感を覚えていたのは認めるけれど、私が目にした情報が全てとは限らない。

 時間を置いて冷静にあの時のことを俯瞰できるようになった、と思う。


 ただ、こういうのを反抗期と言うのなら、そうなのかもしれない。


「お母さん、過労で倒れたって本当?」

「ちょっと気を失っただけよ。全然大丈夫――」

「お願いだからちゃんと休んで。そんなになるまで働いていたのは私のため? 学費なら私も稼ぐし、なるべく抑えられるようにいい成績を取って推薦を狙うから、お母さんがそんなに頑張る必要はないの」


 話していたつもりでもすれ違っていた考えを改めて言葉で伝えると、お母さんは悲しそうに目を細めて力無く笑った。


「……娘にそんなことを言わせてしまうなんて、お母さん失格ね」

「そんなことは」

「バイトばっかりで学校を楽しむ余裕はないでしょ? 離婚して生活が苦しくなって、茨乃は悪くないのに子供らしさを奪ってしまった」


 お母さんが離婚したのと私がこういう高校生活を送っているのは関係ないと思う。

 元からこういう人間だし、もしもの話は意味がない。

 そう考えてしまうのも納得するけれど。


「私はどうにか茨乃が普通の高校生活を楽しんで、大学にも行けるようにしたかったの。けれど、私一人の力じゃダメだった」

「だからあの男を頼ったってこと?」

「……あの人といるのを見てしまったのよね。ショックだったでしょう。本当にごめんなさい。茨乃が見たって言う男の人は私が働くお店の常連さんで、よく指名してくれるの。若いけど投資家さんなんだって。何回か相手をするうちに娘がいるって話をしたらお金を出してもいいって言われて、それで」


 お母さんの証言で一つ謎は解けた。

 あの男が家にいたのはお母さんが招いたから。

 目的は私が進学するお金の確保、対価はお母さんの身体。


 自分のためではないと考えなければ、私が幽深くんに迫ったのと同じこと。

 だからきっと、私にお母さんを責める資格はない。


「……やっぱり親子なのね。お母さんには友達の家に泊めてもらってるって言ったけど、あれは嘘。本当はクラスメイトの男の子の家でお世話になってるの」

「それは……辛い思いをさせてごめんなさい、茨乃。私のせいで男の子に身体を売らせるなんて」

「それがね、そうはならなかったのよ」

「……どういうこと?」


 お母さんが困惑したように聞き返す。

 その反応も当然だと思う。

 男の子の家に泊めてもらうなんて聞かされたら、そういう心配をするはず。


 そこで私は幽深くんの家に泊めてもらうようになった経緯を話した。

 もちろん、私が対価として身体を差し出そうとしたことも含めて。


「……茨乃。わかっていると思うけれど、今もあなたが無事なのはその子が凄く優しいからよ。普通なら茨乃が求めた通りになっていたの。お母さんが言えたことじゃないとわかっているけれど……自分のことは大切にしなきゃダメ」

「……大丈夫。家出してる間で身に染みたつもり。お母さんこそ過労で倒れるまで働かないで」

「そうね。お母さんはまだ若いと思っていたけれど……そんなことを言っていられる歳でもないみたい」


 お母さんの年齢的には三十代後半。

 高校生の母と考えればかなり若いけれど、働きすぎのせいか一年ちょっとでやつれてしまった感は否めない。


「二人で頑張ればいいのよ、お母さん。私は大丈夫だから。全然辛くないし……友達も出来たの。ちゃんと高校生活も楽しんでるから」

「……そう。知らない間に茨乃も成長していたのね」

「だから……今、言わせて。……心配をかけてごめんなさい」

「お母さんこそ相談もなしに男の人を連れてきてごめんね。家出したのも不安で、怖くて仕方なかったからでしょう? ……もうあの人にも来ないように言っておくから、帰ってきてくれる?」

「うん……っ」


 やっとお母さんと和解して、消灯前まで話をしてから私は帰ることになった。

 病室を出ると夜の10時前。

 月と星が綺麗に見える、晴れた夜。


 申し訳ないけれど念のため幽深くんに迎えに来てもらおうと電話を掛ける。


「……もしもし、幽深くん? 迎えのことなんだけれど、〇〇病院まで来てもらってもいい?」

『病院? なんでまたそんなとこに』

「お母さんが倒れたって連絡が来たの。様子を見て、話もして大丈夫そうだったから帰ることにしたんだけれど」

『わかった。今すぐ行くから――』


「あれぇ? 君、あの女のとこの娘じゃん。こんな時間に会うなんて奇遇だね」


 聞こえた声に、胸がざわめく。

 通話を繋いだまま視線だけを声の方へ向けると、家にいた男がへらへらした顔で立っていた。


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