第18話 司くんのエッチ
夜の十時前。
俺は姫宮の迎えに行くため、夜の街に繰り出していた。
夕飯の支度は済ませてあるから、帰ってから姫宮に任せることもない。
バイトが休みなのに姫宮に任せるのはどうなんだ? と思った次第。
この時間にバイトから帰ることはあっても、自分から出歩くことは滅多にない。
だからなんとなく新鮮な気分だし、散歩するにもちょうどいい気温だ。
姫宮が働く別のバイト先は教えてもらっているから迷わない。
店の前で合流とも伝えてあるから行き違いになったり、見つけられないなんてこともない……はず。
そもそも髪色だけで目立つし。
……今思ったけど姫宮ってハーフ? それともクォーター?
苗字が姫宮だからクォーターっぽいけど、聞いてみないとわからない。
もしかするとクォーターですらなくて隔世遺伝ってこともあり得る。
「……まあ、なんでもいいか。姫宮なのは変わらん」
自分一人では答えの出ない思考を打ち切って繁華街を歩く。
溢れるネオン、行き交う人は時間帯のせいかスーツを着たサラリーマンが多い。
雑多な音が溢れた通りを歩いていると、見知った顔が前から歩いてくるのに気づく。
お洒落な私服姿の気障っぽいイケメン……陽介。
見せつけるように腕を組みながら歩いている女性に見覚えはない。
恐らく陽介が言っていた彼女かセフレなのだろう。
どことなくおっとりとした雰囲気なのに陽介と一緒にいるあたり、見た目通りの人間ではないのかもしれない。
話しかけるべきか否か。
デート中に水を差すのも野暮かと思って素通りを決めていたが、
「お? 司じゃん。こんな時間に出くわすなんて珍しいな」
陽介の方から声を掛けられては反応しないわけにもいかなかった。
「陽介はこんな時間にデートかよ。いいご身分だな」
「まあな。夜はまだまだこれからだろ?」
にやりと笑う陽介が言いたいことはなんとなく伝わった。
平日の夜からこれとは……それでも学校には遅刻して来ないあたり、真面目なのか不真面目なのかわからなくなる。
「陽介くん、この子は?」
「俺のダチ。真面目な顔して若干頭のネジが飛んでる面白れぇやつなんだよ」
「お前にだけは言われたくねえよ」
あと、頭のネジが飛んでる自覚はない。
ほんの些細なユーモアだろ?
「俺なんかに構ってていいのかよ」
「そうだった。司もこんな時間に出歩いてるってことは用事あんだろ。女か?」
「お前が想像するような用事じゃねーよ」
女なのは部分的にあっているけど、内容的には姫宮の迎えなわけだし。
……姫宮と合流する前でよかったな。
二人でいるのを見られたらどうなることやら。
陽介は自分にも疚しい事情があるからたとえ見られても言いふらすような真似はしないと信じているが……秘密を知る人間は少ないほどいい。
姫宮にとってもその方が安心だろう。
俺が姫宮の立場なら、陽介が秘密をバラされたくなければ……とか言って強請ってくるんじゃないかと警戒する。
残念なことに綾辻陽介という人間には女子からの信用がないからな。
友達をやれているのは女癖の悪さを除けば結構付き合っていて面白い人間だからってものある。
「わかった、お姫さんだろ」
「……黙秘する」
「図星かよ。最近仲良さそうだもんな。ま、気を付けて帰れよ。温かくなってくると変なやつが湧いてくるからな。人通りが多いとこを歩くのをおすすめするぜ」
「陽介もな」
「わかってるっての」
じゃーな、とすれ違った陽介が雑に手を振り、隣の女性からの会釈を返してから姫宮のバイト先へ向かう。
変に深入りして来ないのはありがたい。
居酒屋っぽい雰囲気の店に到着して時間を確認すると、バイトが終わる少し前だったのでスマホで時間を潰すことに。
「おまたせ、幽深くん。本当に来てくれたのね」
「まあな。怖がらせて放置よりはいいだろ?」
「実際、本当にありそうだから助かるわ」
「俺も襲われるのは勘弁願いたいから人通りが多い道を歩こう。帰ったら飯だな」
「幽深くんは先にお風呂でも入っていて。用意するにも時間が――」
「飯は作ってきたし風呂も入った。家事を任せるとは言ったが、俺がまったくやらないとは言ってないし」
「……ごめんなさい。でも、バイトをやめるわけにはいかないから」
「怒ってないし、これで追い出すこともないって。余裕があるやつがやるべきってだけの話だ」
居候とはいえ共同生活だ。
家事を任せるのが対価でも、全部丸投げは負担が大きすぎる。
立ち話もなんだからと帰路に着く。
「手とか繋ぐか? 夜道ではぐれたら困るだろうし」
「この距離でどうやってはぐれるのよ。……そんなに繋ぎたいの?」
「いや別に」
「そこは繋ぎたいって言うところじゃない?」
「姫宮と手を繋いでも特に得られるものがないって言うか……」
「私が無価値みたいな言い方やめて。女子高校生の手ってだけでお金を出す人もいるのに」
「社会の闇を暴くんじゃない」
この時間に話すのもなんとなく危ない。
もし周りにそういう人がいたらどうするんだ。
「てかさ、茨乃」
「しれっと名前呼びしてきたわね……」
「嫌ならやめるけど?」
「……二人だけの時ならいいわ。学校ではやめて。そんなに親しい関係だって思われたくないから」
「茨乃ちゃんが冷たいよぉ~」
「あとそれもやめて。純粋に気持ち悪い」
「そこまで言わなくてもええですやん……」
気持ち悪いは流石の俺でもしょんぼりするぞ。
しかしまあ、今話したいのはそういうことではなく。
「一応聞くんだけど、さっきから俺たちをつけてる男って茨乃の知り合い?」
「……っ!?」
「露骨に振り向くな。気づいたのがバレる。見るなら自然な雰囲気で」
強張った表情の姫宮が呼吸を落ち着けてから、自然に見える仕草で周囲を見回した。
そして、男の姿を捉えたのだろう。
努めて表情を変えないよう取り繕いながら前を向き直し、俺へ視線を流す。
「……良いお知らせと残念なお知らせ、どっちから聞きたい?」
「聞く前に予想してやろう。良いお知らせは男が見えたこと。悪いお知らせは男が家にいた男と同一人物だったってあたりか?」
「どっちも大正解。……本当にストーカーだったなんて驚きよ。仕込み?」
「んなわけないだろ。正真正銘赤の他人だ。怖いなら手と腕と胸は貸せるぞ」
「歩きながら胸を借りるって意味が分からないから。……手は、借りてもいい?」
「どうぞどうぞ遠慮なく。今のうちに柔肌の感触を堪能させてもらうか」
「おじさん臭い言い回しはどうにかして」
緊張感を和らげるためのユーモアなのに。
とはいえ姫宮も怖いらしく、言葉通りに手を繋いでくる。
指を絡めて恋人繋ぎ……とかではなく、普通に手を繋ぐだけ。
そこまでするのは怒られそうだ。
……とか思ってたら想定以上に距離が近くて姫宮の胸が俺の腕に当たっている。
これ気づいてないやつ?
余裕なさそうだし偶然っぽいな。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
日常の隙間に潜むラッキースケベを愛していけ。
「ちょっと遠回りして帰るか。家バレしたら突撃されそうだ」
「……迷惑をかけるわね」
「気にすんな。腕に胸が当たってる分でチャラにしておくから」
やっと気づいた姫宮が息を呑む。
すぐさま胸が当たらない程度に離れ、上目遣い気味に俺を見上げ――
「……っ、…………司くんのエッチ」
あーいけませんお客様!!
わざとだとわかっててもそういうのはめちゃくちゃ効くんです!!




