第17話 それは告白のつもり?
(姫宮視点)
「姫宮さんのことが好きなんだ! 俺と付き合って――」
昼休みに入ってすぐのこと。
登校した時、下駄箱に入っていた手紙で校舎裏に呼び出された私は、顔も名前も覚えていない男子から告白されていた。
高校生になってから告白された回数は一度や二度では済まない。
私は全部断わってきたし、今後も受けるつもりはなかった。
恋にうつつを抜かしている時間はないし……大した接点もないような人とそういう関係になれるとは思わない。
だから、私の答えは決まっている。
「お断りよ。相手が誰でも、答えは変わらないから」
「……っ! なんで、俺は結構モテるし顔だって――」
「私の言葉の意味、理解できてない? あなたがモテるとか、顔がどうとか……申し訳ないけど心底どうでもいいの。私は誰とも付き合う気がない。だからあなたの告白は受けられない。わかった?」
一方的に冷たく告げて回れ右。
何度告白をされても、この時間は無駄としか思えない。
誰も得をしないやり取りだから。
彼がこれで懲りて諦めてくれるといいけれど……何度も告白してくる人がいるから、きっと無駄なんだろうと諦めていた。
そして今日は、そのパターンだったらしい。
「待ってくれよっ! 俺、本当に姫宮のことが好きなんだっ!」
背中に浴びせられる必死さを伴った声。
それだけならまだよかった。
なのに、急に私の手首が掴まれて――背筋にぞっとしたものが走る。
「手を離してっ!」
振り返りながらの抗議は、聞き入れてもらえる雰囲気じゃなかった。
彼の表情は必死そのもので、私の言葉が耳に入っていないのではと思うほど。
掴む力が強くて振り払えない。
強引に迫られたことも、何度かある。
こういう状況になると私は弱い人間だと実感してしまう。
今だって、脚の震えが止まってくれない。
「初めて見たときから一目惚れで、めっちゃタイプで、だから、だから――」
目が怖い。
声が耳障り。
呼吸が徐々に乱れてくる。
「……女の子の手首をいきなり掴んでどうするつもり? 襲うの?」
「ち、違うっ! そんなつもりは」
「じゃあ離して、早く。まだ許してあげるから」
すっかり温度を無くした声を恐れてか、彼は慌てて手を離す。
自由の身になったところで静かに呼吸を整える。
余裕がないところは見せたくない。
「二度と話しかけてこないで。次はないから」
ここまで言えば無理に追ってこないはず。
そう信じて再び身を翻し、校舎裏を後にした。
追ってくる足音がないことに安堵しながら掴まれていた手首を確かめる。
「……少し、赤くなってる。女の子の身体を何だと思ってるのよ」
無断で異性の身体に触れるだけでも重罪なのに、こんな痕まで残されたらたまったものじゃない。
誰かに見られたらなんて言い訳すればいいのか。
これまでは必要なかったことを考えるようになったのは――
「……幽深くんは、優しかったのね」
コンビニで男たちに絡まれていた私を助けるために幽深くんが手を引いたときは、痛みも痕になることもなかった。
ああ見えて必要以上に気を遣う性格なのは数日で身に染みている。
もし手首の痕を見られたら……何か疑われてしまうかも。
「余計な心配はかけたくないのに。現状でも貰い過ぎてるんだから」
当面の住む場所を貸してくれているし、生活に不自由もない。
学校で私の交友関係を広げさせようとしている意図もなんとなくわかる。
私が幽深くんに依存せず、他の誰かを頼る選択が取れるようにするため。
「……もし、私が普通の女の子だったら」
誰かに恋をしていたのかな――なんて、もしもの話を考えながら教室に戻る。
すると、私を見て手招く人物が二人。
幽深くんと、一条……瑠璃ちゃん。
仲良しな二人に挟まれるのは邪魔になっていないか不安になるけれど、そんな気配を微塵も感じさせずに話してくれる空気感は好ましいと思う。
私がそういうのに不慣れで、ついていけていないだけ。
自分の席から昼食のお弁当――朝のうちに二人分作った私の分――の包みを取り、二人が待っている席へ。
クラスメイトの視線を集めているのは意図的に無視し、近くの椅子を借りて座る。
「茨乃ちゃん、用事があった? 授業が終わってすぐ教室を出て行ったから」
「……野暮用よ。告白を断ってきただけ」
「告白を野暮用って言うあたり手馴れてるよなぁ。お相手はどちらの方で?」
「顔も名前も知らない。クラスメイトじゃないことだけは確かね」
「モテモテ……これが美少女。茨乃ちゃん凄い」
「なんにも凄くないわ。勝手に好きになられるだけならまだしも、言い寄られるのは結構迷惑よ? 誰とも付き合わないって言ってるし、話は広がっているはずだから自重してくれてもいいのに、みんな自分は違うみたいな顔で告白してくるの。本当に、めんどくさい」
あえて声量を落とさなかったのは牽制の目的もある。
これがどこまで役に立つかはわからないけれど、言わないよりマシだと思いたい。
お弁当を広げ、早速食べ始める。
中身はほぼあまりものの詰め合わせ。
幽深くんのも一緒に作ったけれど、違いは弁当箱の大きさと配置くらいしかない。
私としてはそれなりの出来になっているつもりだけれど……幽深くんはどう思っているのか気になって眺めていたら、なぜか視線を感じた。
幽深くんの視線が注がれていたのは私の手。
「姫宮、手首に痕がついてるけど……さっき何かあったのか?」
怪訝な表情で尋ねてくる幽深くん。
瑠璃ちゃんも私の手を見て「ほんとだ」と同意を示す。
右手についてしまったことが運のつきね。
箸を持つとどうやっても見られる。
変に取り繕えば怪しまれてしまう。
「大したことじゃないわ。ちょっと手首を掴まれただけ。痛くはないから。痕もじきに引くと思う」
「酷いやつがいたもんだ」
「茨乃ちゃん、その男の名前教えて。学校中に言いふらして社会的に殺してくる」
「物騒なこと言わないで。本当に大丈夫だから。こういうことは前にもあったし……全然許してないけど、大事になると面倒なの」
「……茨乃ちゃんがそういうなら大人しくする、けど」
「俺ならそんな思いはさせないのになぁ」
「幽深くん、それは告白のつもり? 答えはノーよ。残念ね」
「勝手に告白したことにされてフラれるって何事??」
軽口ばっかり言ってるからよ、少しは反省して。
「そういえば茨乃ちゃん、今日はお弁当?」
「そうね。中身はあまりものばかりだけど」
「すごくおいしそう。料理も出来るんだ」
「それなりには、ね」
「……で、幽くんもお弁当。いつもは購買なのに」
「そういう日もあるだろ。俺だって料理はそこそこ出来るんだぞ?」
「真偽はともかく、中身が似てる」
瑠璃ちゃんが私と幽深くんのお弁当を交互に見て、そんなことを言いだす。
……もしかして、バレた?
冷や汗が背を伝うような気がしつつも、平静を装う。
「偶然だろ、偶然。弁当の中身が被るくらい生きてればあるだろ」
「言い訳っぽくて怪しい」
「じゃあ逆に訊くけど、俺と姫宮の弁当の中身が被るってどういう状況だよ」
「……茨乃ちゃんの弱みを握った幽くんが自分の分も作らせた?」
「俺を悪党にするな。他にもっとあるだろ。隣人同士で色々あって弁当作ったとか」
「そうなの?」
「もちろん違う」
素知らぬ顔で否定する幽深くんの言葉を聞いた瑠璃ちゃんは「そっか」と素っ気なく呟くに留めた。
誤魔化されてくれたのか、初めから真実を突き留める気がなかったのか。
どちらにしても深入りして来ないのはありがたい。
「茨乃ちゃん、玉子焼き一つ交換しよ?」
「いいわよ。……はい、どうぞ」
「ん。わたしのもあげる。お母さんの手作り」
……お友達とお弁当のおかずを交換するなんて、考えたこともなかった。
これはこれで楽しいと思っている自分がいるのも嘘じゃない。
けれど、この状況を作ったのは発端は紛れもなく幽深くんの行動で。
「瑠璃ちゃんの玉子焼き、とても美味しいわ」
「お母さんの手作り。茨乃ちゃんのもふわふわで甘くて美味しい」
「お口に合ったのならよかったわ」
「女子二人だけで楽しまないで俺とも交換してくれよ~」
味が同じってバレたらどうするのよ。




