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第16話 男って単純なのね

「届いた収納に荷物を仕舞って本格的に姫宮が泊まる準備が整ったわけですが――なんかさぁ、同棲の準備みたいじゃね?」

「溜めを作ってまでそんなしょうもないことを言わないでくれる?」


 買い物に出た翌日。

 配送された収納を部屋に設置し、姫宮が荷物を無事に仕舞い終えた後のこと。


 ふと思ったことを呟けば姫宮の半眼が突き刺さった。


「冷静に考えてくれよ。俺と姫宮は一つ屋根の下で共同生活……これもう世間一般の常識に照らせば同棲と呼んでも差し支えは――」

「あるわよ。大アリよ。同棲って恋人同士がするものでしょ? 私は……幽深くんが言う通りの居候。そんな関係じゃないの。わかる?」

「真面目に諭されなくても勘違いはしてないぞ。同棲って思ってた方がテンション上がるなぁって思っただけで」

「……私のこと、異性としては好きじゃないって言ってなかった?」

「男子高校生的には女の子と共同生活ってだけで美味しい。このロマンがわからんとは浅い(・・)な」


 ふっ、と笑ってみるものの、依然として姫宮の反応は冷たい。

 塩対応が痛い感性に染みるねぇ。


 と、まあ。

 前置きが長くなったけど、この問答も無駄じゃない……と信じたい。


「時に姫宮」

「急に真面目ぶってどうしたのよ」

「俺はいつも真面目だ……じゃなくて。結局、しばらくは帰れなさそうってことでいいのか?」


 俺が確認したかったのはこの生活がいつまで続くのか、ってこと。

 あくまで俺たちはクラスメイト。

 家族でも、恋人でもない。

 高校生という身分で異性の家に身を寄せている状況は、バレれば何かと都合が悪い。

 そんなことは姫宮もわかっているはず。


「……その認識で間違いないわ。でも、いつまでも居座れるとは思ってない。いつかはちゃんと話さないと、とは思ってる。あの男がいないときに、お母さんと二人で」

「そこまでわかってるなら上々。正直俺は姫宮の状況を完全に把握してるとは言い難い。というか姫宮もそうだろ? 母親とはまともに話も出来ていなくて、その男の素性もわからない。もしも再婚のために選んだ父親とかだったら……」

「それならそれでいいのよ。私が謝ればいいだけの話だもの。けど、しばらくは無理。理屈じゃなく精神的な問題。……自分の母親と見知らぬ男が、その、そういうことをしていたら誰だって私みたいな反応になるでしょ?」

「気まずいのは間違いない」


 そこについては俺も賛同だ。

 実の両親がそういうのをしてる姿を見るのもきつくない?

 人間だし、その行為を経て子供が生まれるってのは理屈としてわかるんだが……なんかこう、ね?

 その片方が見ず知らずの人間ならなおさらだ。


「姫宮はその男と面識があったりしないのか? 万が一に再婚を考えていたとして、相談もなしに家に入れるとは思えない」

「……それがないから困っているのよ。詳しく見るのを拒んだのもあるけれど。覚えている範囲で言うなら30台くらいの男性で、体格は中肉中背。雰囲気は……なんていうか、いわゆる陽キャっぽい感じ。声は――」


 思い出そうと悩んでいた姫宮が「あ」と何かに気づいたかのように声を漏らす。

 そして、心なしか表情を硬くしながら俺を見た。


「……今思えば、聞き覚えがあるかも」

「どこで」

「そこまでは思い出せない。でも確実に、どこかで……」


 眉間を揉みながら再び思索にふける姫宮。

 その傍ら、俺もどこで声を聴いたのかを考える。


 姫宮の行動範囲は家、学校、バイト先がほとんどを占める。

 家ではなくて、学校の線も薄い。

 となるとバイト先が有力なのだが、覚えていないなら長期的な接触があったとは考えにくい。


「客としてその男がバイト先に来ていた、とか」

「それが一番ありそうね」

「……だとしたらちょっとまずいか?」


 良くない想像ばかりが浮かんでしまう。

 俺の推測が正しいとは限らないが、少しでも危険を減らすために伝えておくべきだな。


「姫宮、落ち着いて聞いてくれ。その男がいた可能性の話だ」

「……わかったわ」

「まず一つはその男が姫宮のお母さんが選んだ再婚相手で、姫宮は偶然どこかで声を聞いたことがあるだけ。俺はこれが一番平和な状況だと思う」

「そうね。私が勘違いしただけで済むもの」


 これなら姫宮が若干気まずい思いをするだけで元通りになる。

 まあ、そういうことは愛情表現としてすることもあるから、みたいな感じで割り切ってもらえばいいんじゃないですかね。


 問題はこの先。


「その二。その男は再婚には興味がなくて姫宮の母親を遊び半分で食った挙句、姫宮のことも狙っている。声に聞き覚えがあるのは偶然って判断になるな」

「ぞっとしないけど、お母さんが悪い男を引っ掛けた可能性は大いにある。ちょっと天然っていうか、ふわふわしてて騙されやすそうな感じなの。私がなるべく気を付けていたんだけれど……」

「悪意を持って接触してくる人間を全て弾くなんて無理だ。仕事中のことには首を突っ込めないし。……この場合、男の目的は女と金銭ってところか?」

「下劣だけど妥当なところね」


 そういう男は思っているよりも世のなかにいる。

 肉が無くなるまで食いつくし、何食わぬ顔で出ていく。

 家に入れているなら預金通帳なんかを漁るのも容易いだろう。


「家に残してきた服、着れなくなったじゃない」

「男が何かしてるかもって?」

「触ってるだけならまだしも、見ず知らずの人間がそういうことに使った可能性があるものを着るのは生理的に無理。全部買い直しよ。……お金ないのに。知ってる? 女の子の下着って普通のやつでも一組平気で数千円するのよ? それに加えて服も買うとなると……貯金を切り崩さないと難しそう」

「俺が首を突っ込める話じゃないが、必要経費と割り切った方がよさそうだな。姫宮が嫌じゃなければ部屋着は俺の服でサイズが合うやつを貸せるけど」

「……そうね。後で見せてもらってもいい? 削れるところは削らないと」


 知らない男はダメで俺はいいあたりに信頼の積み重ねを感じる。

 数日とはいえ一緒に暮らした成果ならばかなり大きい。

 洗濯は分けてるけど、干してある姫宮の下着を見てしまったときも「あんまりみないで」と恥ずかしそうにしながら言うだけに留めていたし。

 その程度で済ませているのは多少は仕方ないと割り切り、俺にどうこうする気がないと察しているからか。

 あとはまあ、対価云々で話した時の負い目もありそうだ。


 それはともかく、最後にもう一つ可能性が残っている。


「その三。男の目的が母親ではなく姫宮にあること。男はバイト先で見かけた姫宮をものにするために身辺を調べ、母親に取り入り、その後で姫宮を食う算段だった」

「……行き過ぎたストーカーってこと?」

「簡単に言えばそうなる。執念深くて計画的だ。この場合なら俺の家に泊っていることも調べるだろう。バイト先が割れてるからな。帰るタイミングで後をつければ簡単にわかる」

「…………本当にぞっとしない話ね」

「確証があるわけじゃない。どれにしても可能性ってだけだ」


 肝心の証拠が何一つないからな。

 どのパターンなのかを掴むためにも姫宮にはなるべく早く母親と話してもらいたいところだ。


「ファミレスの他のバイト先も近所?」

「そうね。そっちも飲食店よ」

「なら、姫宮がよければ迎えに行くぞ。こんなに怖がらせておいて放置ってのもちょっとな」

「……申し出自体はありがたいけど、いいの? 推測通りなら幽深くんに直接迷惑をかけるかもしれないのに」

「むしろ俺に手を出してくれる方が楽だ。裏を探る必要もなくなるし」

「私のせいで怪我をされたら困るのよ。わかるでしょ?」

「そん時は付きっきりで看病してくれ。添い寝もな」

「……やめてよね、ほんとに。無茶なことだけはしないで。私をコンビニで助けた時だって何もなかったからよかったけど――」


 それは本当にその通り。

 三対一で暴力に訴えられたら勝ち目はない。


「安全第一のつもりだから安心してくれ。何かあったらすぐ警察。姫宮もそのつもりでいた方がいい。いざという時に動けないんじゃあ意味ないし」

「……そうね。警戒だけはしておくわ。あと、お母さんとも話してみる」

「そうしてくれ。親心的には心配だろうし」


 実質家出中の姫宮が連れ戻されないのは母親側にも何かしらの事情があるからだと思うけど……連絡は取っておいた方がいい。

 互いの安否確認のためにもな。


「あと、もうちょい人を頼っていいんだぞ。美少女に頼られて嬉しくない男なんていないんだからさ」

「私に頼られても嬉しいの?」

「それなりには嬉しいね。自尊心が満たされる感じがする」

「……男って単純なのね」

「単純すぎて下半身で物事を考えるやつが多いのは認めよう」


 陽介とかな。

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