第15話 遂にデレ期来た?
家具店で見繕った収納や、その他諸々の会計と配送手続きを済ませ、店を出た頃には昼過ぎだった。
思いのほか時間を費やしてしまったのは姫宮が選ぶのに時間がかかったから……ではなく、俺のテンションが上がって色々見て回るのに付き合わせていたからである。
だってさぁ、こういうとこってなんか良くない?
具体的なことは全く言えないんだけど、なんか色々見たくなる魔力みたいなものが溢れている気がする。
別に買うわけじゃないけど、絶妙に欲しくなるものが置かれているっていうか。
人をダメにするクッションとか、勝手にくるくる回ってる小物とか、絶対掃除めんどくさいだろって思うようなシャンデリアとかさ。
そういうものが所狭しと置かれているにもかかわらず、姫宮は目的のものが並ぶ売り場に一直線で数分と経たずに何を買うのか決めていたけど。
「即断即決で良かったのか?」
「必要なのは私が持ち込んだ衣服が余らずに入ること。色も形もこだわる必要ないから適当でいいのよ」
「女性の買い物は長いって母さんから学んでいたから拍子抜けだ」
「今回は買うものが明確に決まっていたのが大きいわ。他のもの……服とかならもう少し迷うから。人に見られるかどうかの違いね」
「そう言われるとちょっと納得するか。俺も外出するときは寝癖ないか念入りに確認するし」
「それは毎日しなさいよ」
意外とチェックを素通りするんだよなぁ、これが。
「一旦買い物は済んだし、荷物が届くのは明日。今は昼頃で帰って飯作るのもなんかめんどい……ので、たまには外食なんてどうだ?」
「いいけれど……どこで? 高いところはダメよ」
「わかってるって。俺も普通の高校生だからな。お洒落なとこと手堅いとこ、どっちがお好みで?」
「手堅い方ね。お洒落なのは高そうだし……私たちじゃあ場違いよ。そういうところは恋人同士が行くものでしょ?」
「お洒落なとこを選ぶことで逆説的に俺たちは恋人って扱いに――」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ。手堅いってことはチェーン店?」
「だな。久しぶりに某ハンバーグ店に行きたい。果肉たっぷりのいちごミルクが恋しいし」
「……ハンバーグ店なのにいちごミルク?」
不思議そうに首を傾げる姫宮。
まさか飲んだことないのか?
ならば教えて進ぜよう……一度味わえば病みつきになること間違いなしだ。
姫宮を連れて向かった先はびっくりしてる某ハンバーグ店。
休日の昼ということもあってか、俺たちの前に何組か並んでいた。
並ぶのが嫌なら他の店でもと聞いてみたところ「ここでいいわ」と姫宮の了承も得たので、大人しく並ぶことに。
店まで来たら完全に気分がここに固定されてしまったからありがたい。
しばらく待つと、俺たちの番が訪れた。
小さく区切られた禁煙席に案内され、席に備え付けられたタブレットでメニューを確認する。
「昔はメニューが西部劇で出てくる酒場の扉みたいなやつだったんだよなぁ。時代には逆らえないとはいえ、ちょっと残念」
「それは見てみたかったかも」
「気になるなら調べてもろて……それより何を頼むかだな」
いちごミルクは確定として、基本的にはハンバーグ系のメニューが並んでいる。
他にもスパゲティやサラダ、軽食の類いも豊富だ。
初めてくるとどれを頼んでいいのか迷うけど、どれでも美味しいから問題ない。
俺はデミグラスソースがかかったハンバーグセットといちごミルクを。
姫宮は結構迷った末にチーズハンバーグを選び、サイドメニューでポテトも注文。
「……結構高いのね」
「こんなもんだろ。その分美味いからさ」
「家で作った方が安上がりだと思ってしまうのは貧乏性が染みついているからだと思うと憂鬱になるわ。あんまり人に話すようなことでもないと思うけれど」
「限度ギリギリまでバイトしてるならそこそこ余裕があるんじゃないか?」
「先のことを考えたら足りないくらいよ。基本的に自分が必要な分は自分で出していたから貯金もそんなにできていないし。大学進学は……奨学金を借りてギリギリでしょうね。学力的には問題ないように準備して推薦を狙って、早めに合格したらバイトに集中できるわ」
多分、姫宮なら現実的なラインだ。
テストでは学年でも常に一桁だし、授業態度は問題ないから成績もいいはず。
教師陣からも信頼されているはずだから推薦で大学を受けたいと言えば、却下されることはまずないと思う。
問題があるとすれば……未だに解決の糸口が見えない、姫宮の家のこと。
しばらく姫宮を泊めることになったとはいえ、いつかは解決するべきだ。
いつまでも俺の家で過ごすのは姫宮の枷になる。
……けど、俺なんかが踏み込んでもいいのかは怪しい。
『ご注文の品をお届けに参ったにゃ!』。
話していると、猫耳を生やした配膳ロボットが食前のいちごミルクを運んできた。
このロボット妙に愛らしいんだよな。
猫型ロボットの背面に取り付けられたトレイからいちごミルクのグラスとストローを受け取ると、『またのご利用をお待ちしておりますにゃ!』と配膳ロボットが走り去っていく。
「お待ちかねのいちごミルクだ」
「デザート扱いじゃないの?」
「俺は食前派だな。果肉たっぷりで美味そうだろ?」
「随分楽しそうね」
「わくわくが詰まってるんだよ」
久しぶりのいちごミルクに心を躍らせながら、底に溜まった果肉をスプーンで掬いながらかき混ぜていく。
ミルクの白にいちごの赤が段々と混じってくるのが見ていて楽しい。
これくらい混ぜれば十分だろうと太いストローを刺し、一口。
「…………やっぱうめぇわ」
出てくるのはいつもの感想。
これ以外言うことなくね?
「……そんなに美味しいの?」
二口三口と吸い続ける俺の姿で興味を持ったのか、じーっといちごミルクのグラスを見ながら聞いてくる。
姫宮も女の子だし、甘いものは好きなのかもしれない。
……女の子だから甘いものが好きってイメージは古い?
「定期的に飲みたくなるくらいには美味いぞ。飲んでみるか?」
布教できる機会は逃すまい。
姫宮の前にグラスを差し出せば、青い瞳がグラスと俺を交互に見た。
遠慮しなくていいんだぞ。
一人で飲むには結構な量あるし、冷たい方が美味いからな。
「飲まないなら俺が全部飲むけど」
「……気にしてた私が馬鹿みたいじゃない」
「なにが?」
「そんなに言うなら少しだけ貰うわ」
どうしてかほのかに頬を赤くした姫宮が控えめにストローを手繰り寄せ、口へ運ぶ。
それから吸い上げ――
「……甘くて、美味しい」
長い睫毛を瞬かせながら呟いた。
予想通りの反応をしてくれて俺は嬉しいよ。
これで君も今日からいちごミルク信者だ!
……怪しい宗教っぽいけど名前が平和的過ぎやしませんかね?
「一口飲むともっと飲みたくなるだろ。気が済むまで飲みな」
「……そんなに欲張りじゃないわ。もう一口でじゅうぶんよ。楽しみを奪ってしまっては悪いから」
「二人で食べに来てるんだから二人で楽しまなきゃ損だ。別に無くなったらまた頼めばいいだけだし」
「それでも、よ」
もう一口、名残惜しそうに飲んでからグラスを俺へ返してくる。
たった二口、しかし進歩だ。
姫宮はいちごミルクの味を知った……これで元には戻れない。
「ところで姫宮」
「なに?」
「このまま俺がストロー使ったら間接キスになるけどいいの?」
一応気にしてるかもなと思いながら訊いてみれば、信じられないと言いたげな目で俺を見た。
嫌悪より驚きや呆れが強く滲んだ雰囲気。
顔の赤みもすっかり引いている。
「…………私がした後にそれを聞くの?」
「いや、何も言わずに飲んだから姫宮は気にしない人なのかと思ったけど念のため聞いただけで」
「……私、幽深くんが何も考えてなさそうだったから呑み込んだんだけれど?」
「それはすまん。でも本当に嫌なら自分で別のストロー探してたよな」
「そのくらいで意識する人じゃないってわかっていたから。私のこと、そういう目では見てないんでしょ?」
「まあな。前よりは可愛いなと思う機会が増えてきたけども、それだけだ」
「……いつもの軽口なのか私を騙すための言葉なのか判断に困るわね」
「強いて言うなら軽い調子の本心だな」
ちゃんと可愛いとは思ってるからな。
「……なら、ちゃんと褒めなさい。女心は複雑なのよ」
「俺なんかに褒められて嬉しいならいいけど、遂にデレ期来た?」
「誰がいつどこでデレたのよ。目が節穴なの?」
童貞卒業のチャンスを見逃す程度には節穴なのは認めよう。




