第14話 男女二人が休日に買い物、何も起こらないはずが
いくら姫宮がバイトをしたいと願っても、十八歳未満の高校生が働ける時間は限られている。
おまけに言えば、一定以上の収入を得てしまうと所得税もかかってしまう。
姫宮はバイトを掛け持ちしてはいるが、ギリギリ扶養の範囲から外れないラインを維持しているらしい。
そのため俺が思っていたよりも時間的な余裕はあった。
つまり、俺が何を言いたいかと言えば――
「――姫宮、買い物に行くぞ」
休日の朝。
今日も姫宮が作ってくれた朝食を食べながら提案した。
「買い物?」
「姫宮がここで過ごすなら色々必要だ。収納とか、生活必需品とか」
「……収納は確かに欲しいかも。いつまでも鞄の中でやりくりするわけにもいかないし。けれど、不自由はしていないつもりよ?」
「細かいとこの違いがストレスに繋がるんだよ。シャンプーやボディソープ、タオル歯ブラシドライヤー櫛鏡洗剤柔軟剤……全部が全部、姫宮の好みじゃないはずだ。俺と一緒のやつを使うのだって年頃の女の子的にはアレだろ」
人には人のこだわりがある。
俺は残念ながら美容方面への興味関心が薄くて、その辺は目に付いた適当なもので揃えているからな。
適当と言っても、安物買いの銭失いはしていないつもりだけど。
毎日使うやつは興味がなくてもそれなりのもので揃えておいた方が、何かと都合が良かったりするし。
けれど、それでいいのは一人暮らしで俺しか使う人間がいない場合だけ。
今は姫宮も居候みたいな形で居座っている訳だし、その辺の擦り合わせはしておいた方がいい。
どれくらいの期間になるのかわからないならなおのこと。
ストレスは簡単に人を狂わせるからなあ。
ただでさえ同年代の男と一つ屋根の下なんて神経使う状況だから、細部を整えて少しでも居心地を良くしてほしい。
そう思っての問いかけだったが、姫宮は眉を下げながら首を振る。
「気を遣ってくれるのはありがたいけど、本当に困っていないの。というか、家にいた時よりも環境がいいくらいよ? 幽深くんも見たと思うけど、あのアパートは結構古かったし」
それを言われると何も言えなくなってしまう。
遠慮はしていないのだろう。
どちらかと言えば、そこまで気が回らないって方が正しいか。
あるべきはずの物欲が薄れてしまうほど自分を削って生きてきた。
――だったら、思い出させてやろう。
「んなこと知るか。とにかく買い物に行くぞ。絶対欲しいのは姫宮用の収納。他に欲しいものが思いつかなくても眺めてたら何かあるだろ」
「なんで今日に限ってそんなに強引なの」
「うるせぇ、行こう!」
「うるさいのはどっちよ」
冷静なツッコミ非常に助かる。
■
俺と姫宮は外出の準備を整え、外へ出た。
比較的落ち着いた気温で暑すぎることはない。
だから、問題は一つだけ。
「出かけようって言いだしたのは俺だけどさ……姫宮が人目を集めるってことを忘れてたわ」
「私だって見られたくて見られてるんじゃないから。嫌なら離れて。こればっかりは私の力じゃあどうしようもないの」
呆れた風に答える姫宮。
家を出てからというもの、視線を絶えず感じるのだ。
すれ違う誰もが姫宮のことを見ていて、ついでに隣を歩く俺を見て「なんでこんな男が?」みたいな顔をする。
流石に失礼じゃね?
姫宮に比べたら俺が平凡なのは認めるが、変な格好はしてないと思う。
「人によっては皮肉と受け取られかねない言葉も姫宮が言うと説得力あるよなぁ」
「これでも苦労してるんだから」
「だろうな。自分だったらと思うと大変だ。それより……姫宮は私服も可愛いな。清楚系って感じで非常にいいと思います」
流れで何気なく褒めると、姫宮の足が止まった。
今日の姫宮は私服。
白いブラウスと紺色のロングスカートというシンプルながらセンスを感じる出で立ちの姫宮は、深窓の令嬢然とした雰囲気を漂わせている。
姫宮が可愛いのは元からわかっていたつもりだ。
それが私服になると、こうも印象が変わるのか。
制服と私服、どっちが好きかと聞かれたら俺は私服と答えるだろうな。
オタクくんは清楚系大好きなので……。
「……幽深くん、そういうことはしれっと言うのよね」
「親に女の子と出かけるときはとにかく褒めろって言われてんだ」
「彼女でもないのにそんなこと言ってると軽い人だって思われるわよ」
「まあ実際軽めの男ではある。いつも適当言ってるし。あ、姫宮が可愛いのは嘘じゃないぞ?」
「……素直に誉め言葉として受け取っておくけれど、そういうところが軽いって言ってるの」
「重いより軽い方がいいだろ、多分」
男のメンヘラなんて誰も得しない。
俺の軽さは意図的な養殖物。
本当は至って真面目な男の子なのです、とか言ったら変な目で見られそうだな。
……元々変な目で見られてた気がするからいいか!
「ところで姫宮って服選びのセンスいいよな。いかにも興味なさそうなのに」
「私だって女の子なんだから可愛い服を着たいと思うのは当然じゃない。まあ、高いものを買う余裕はないから、大抵は古着屋さんやセール品とにらめっこよ」
「それでこれが出来上がるんだからすごいわ。ぱっと見どこのお嬢様? って感じだし」
「……外で誰かに見られたとき、こういう服の方がイメージっぽいでしょ?」
「確かに」
それで似合うあたりは姫宮のスペックの高さが窺える。
本人は嫌だって言ってるけど『茨姫』……姫だしな。
お嬢様と姫は微妙に違くね? と思わないでもないが、細かいことはいいんだよ。
「てか、よく考えたらこれデートじゃん。男女二人が休日に買い物、何も起こらないはずが――」
「デートじゃないし、何も起こらないから」
「広義の意味では男女二人で出かけるのはデートらしいぞ?」
「……じゃあもうそれでいいわよ」
姫宮は反論するのもめんどくさくなったらしい。
ぞんざいな態度だとこっちの気も乗らないなあ。
「初デート、なんだからね」
「そりゃあ光栄だ」
「しょうもない日にしないでよ」
「エスコートをご所望か。それなら早速、お手を拝借――」
「手を繋いでたら本当の恋人みたいに見られるからやめて」
姫宮の手を取ろうとしたら、ぺしと叩き落とされた。
拒絶ではあるのだが、仕草と声音からは嫌悪を感じない。
手繋ぎデートは好感度を稼いでから、ということらしい。
「ま、いっか。手を繋ぎたくなったら遠慮なく言ってくれよ。その時は勿体ぶってからにするから」
「性格最悪ね。恋人ができないのも納得よ」
幽深くんナイチャッタ……! ワァ……!




