第12話 姫宮一本釣り
「俺と一条って友達だよな」
「藪から棒にどうしたの。熱でもある?」
「いや、友達ってどのラインからを指すんだろうなぁって思ってさ」
昼休み。
購買で買った焼きそばパンを頬張りながら、隣の一条に尋ねてみる。
朝、姫宮と話した友達の定義がなんとなく気になっていたのだ。
明らかに俺の柄じゃない話題だからか一条も不思議そうに小首を傾げていた。
「難しい話。基準は人によって違う。幽くんとわたしは友達。お昼も一緒に食べるし、こういう他愛のないお話もする」
「でもさ、こういう感じでも頑なに友達だって認めない人もいるわけですよ」
「……ツンデレさんなの?」
「ツンデレさんなのは間違いないな」
ちらり。
今日も一人で昼食を取っている姫宮へ視線を流し、隣へ戻す。
「そんでもって、もし仮にそういう感じの人が長期的に家に泊まるとしたら……どんな風に接するのが適切なのかなーってさ」
「ホームステイでもするの?」
「どちらかと言えばされている側での話だな」
「……普通にしてたらいい、と思う。変に気を遣われる方が居心地悪そう。わたしに幽くんが気を遣わないみたいに」
「いーや気を遣いまくりだね。車道側を歩くし、置いてけぼりにしてないか逐一確認するし、ストーカーとかに目を付けられないよう外では極力名前も呼ばないし」
「そんなことをされた覚えは一度もない」
無表情のままジト目を向けてくる一条。
まあうん、これは一条が正しい。
そもそも学外で会ったことないし。
お互いインドアだから家を出て会おう、とはならない。
「じゃあ一緒にどっか出かけるか? 休日デートだな」
「暑いから外出たくない」
「わかる。本当にわかる。バイト帰りの夜に散歩するくらいがちょうどいいわ」
「登下校すら一苦労。日傘が必須だし、あっても暑い。熱中症には気を付けないと」
「その割にまだ夏服じゃないよな……?」
「用意するのがめんどかった」
「倒れてからじゃ遅いからな。俺も人のこと言えないけど」
流石に七月に入ったら半袖の方がいい。
でも六月中は急に寒くなったり暑くなったりで気温がバグってるからなあ。
しかしまあ、結構話が逸れてしまった。
「話を戻すけど、友達なら一緒に飯を食うくらいは普通だよな」
「ん。何を考えてるの?」
「一条さえよければ今からここに一人呼びたいやつがいてさ」
「……誰? 綾辻じゃないよね」
「あいつを一条に近づけるわけないだろ。俺が一条を守護る……!」
「綾辻でも別にいいけど。まともに相手をする気ないし」
「一条ですらこれとは……陽介嫌われすぎだろ」
当の本人は男友達と少し離れた席でげらげら笑いながら飯を食ってるわけだが。
むしろ一条は優しいまである対応だ。
普通の女子は陽介が近付いてきただけで嫌な顔をするって言うのに。
……一条は表情の変化が乏しいだけと言われたら、それはそうかもしれないけど。
「現実で節操がないのはダメ。二股浮気不倫寝取り寝取られが許されるのは創作物の中でだけ」
「つまりその辺は一条さんの守備範囲と」
「別に普通。この辺はただの一般性癖。ドラマでも取り扱われる程度の内容」
「妙に生々しいよなぁ、最近のって」
「それより呼びたい人って誰?」
「んー……本当はさみしがり屋なのに弱みを見せないで必死に強がってるチワワみたいなやつ、かな」
「……誰?」
「廊下側最前列のお姫様って言ったら驚く?」
何でもない風に伝えれば、一条は僅かに眉を上げながら「本気?」と聞いてくる。
残念ながら本気なんだよなあ、これが。
理由はちゃんとある。
俺以外に学校で頼れる相手を作るためだ。
姫宮が俺しか頼れない現状は短期的には良くても、長期的に見れば依存関係を引き起こす可能性がある。
身体の関係を断わったのも、そうならないための予防策の一つ。
ああみえて姫宮のメンタルはかなり脆いのではと考えていた。
本来の健全な状態だったらいざ知らず、今は弱っていると見た方がいい。
そこで友達候補として挙がったのが同性であり、俺も仲の良い……と思っている一条。
彼女ならば姫宮が自己防衛のために吐き出す棘も難なく受け流せると考えてのこと。
その上で二人が仲良くなってくれれば上出来。
多分、相性も悪くないだろうし。
姫宮はああ見えて結構世話焼きなところがあるように思える。
一条は反対に世話を焼かれる妹系。
くっつければ面白いことが起きそうな気がしないでもない。
陽介を選ばなかった理由?
そりゃあ姫宮があの女癖の悪い男を受け入れるわけがないからだな。
ただし、これには一つ明確なリスクがある。
姫宮が俺の招待に応じた場合、知り合い以上の関係だと知れ渡ることだ。
どんな男からの告白にも靡かなかった姫宮が俺についてきたとしたら、周りの男たちがどう思うかなんて考えるまでもない。
興味関心を引くだけならともかく、醜い嫉妬やらなんやらを陰で日向でぶつけられないとも限らない。
学校で関わっている姿を見せていないから友達って主張しても、周りからすれば違和感があるだろうし。
結局、姫宮が俺のことをどう扱うかにかかっている。
知り合いか、友達か、はたまた他人の振りをするか。
友達以外の扱いをされたら帰った後でわざとらしく悲しそうにしてみるけど。
自ら友達って言ったんだから相応の対応をしてくれてもいいよな?
「てことで誘って来るわ。フラれたら笑ってくれ」
「ん。期待しないで待ってる」
本当に行くんだ、みたいな雰囲気を言葉の裏に感じながらも姫宮の元へ。
「姫宮、あっちで一緒に飯食おうぜ」
黙々と購買で買ってきたと思しきパンを食べていた姫宮に告げると、やや遅れて顔を上げた。
浮べた表情に張り付けたのは困惑と懐疑。
『なにバカなことを言ってるの?』とでも言いたげな青い眼差しが俺を射貫く。
クラスメイトも姫宮をランチに誘うなんて愚行をしでかした俺へ注目している。
普通なら断わられた挙句、棘を刺されて再起不能にされるところだ。
自殺志願者と思われていてもおかしくない行動への同情は一切なく、こちらも『なにバカなことやってんだ?』的な反応ばかりが突き刺さった。
今の俺は痛い奴とでも思われているんだろう。
これがいつも馬鹿をやっている陽介みたいな陽キャなら『またか』的な呆れた反応ばかりだったはず。
しかし、俺は平凡極まる男子生徒。
姫宮をランチに誘ったところで応えてくれるわけないだろと笑われる程度の弱者男性……的な認識が大半。
姫宮の反応を待っていると、一つため息をついて。
「女の子と話したいだけなら他を当たって。私、そんなに暇じゃないの」
「姫宮と仲良くなりたくてさ。折角友達になったんだし」
「……っ!」
俺がそれを口にするとは思っていなかったのか、姫宮の目が僅かに見開かれる。
クラスメイトも俺から飛び出た友達という言葉に反応してざわつき始めた。
勝手な嘘を言っていたにしては、姫宮の反応が露骨過ぎたのだ。
嵌めたわね、とでも言いたげな鋭い視線を右から左へ受け流す。
俺は俺がやりたいようにやってるだけだが?
数秒ほど、視線だけでのやり取りが続いて――
「……わかったわ。今日だけなんだからね」
諦めたかのようにため息をつきながら姫宮が答えた。
教室のあちこちから驚きに満ちた声が上がっていて気分がいい。
悪いな、姫宮の初ランチは俺が貰っちまった。
「うっしゃ姫宮一本釣り大成功」
「誰が釣られたのよ、誰が」