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トゲあるカノジョの甘いとこ~泣いていた『茨姫』を拾ったら、トゲある甘さが止まらない~  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第11話 認めてあげてもいいわ

「――なさい。起きなさい、幽深くん」

「んぁ……?」


 どこか遠くから聞こえた声と揺れにつられて目を開ければ、目の前に姫宮がいた。

 手を伸ばし、俺の肩を揺さぶる姫宮は、もう制服に着替えている。

 ……俺を起こした、のか?


 まだ眠気が残っているせいか頭がぼんやりする。

 正直、熟睡できたとは言い難い。

 いきなり添い寝なんてされたらピュアピュア男子の俺は動揺してしまうよ。


「寝ぼけてないで起きて。朝ごはん冷めちゃうから」

「……そういえば、なんかいい匂いが」


 漂ってくるのは安心をもたらす優しい匂い。

 言葉通りなら姫宮が作ってくれた朝飯ってことになる。


「昨日の今日で作ってくれたのか」

「私、約束はちゃんと守るわよ?」


 真面目な姫宮でも翌朝はしないと思っていた。

 いい方向に裏切られたな。


「なら、冷めないうちに食べないと」

「……それより先に言うべきことがあるでしょ?」

「…………朝から美少女の手料理が食べられるなんて俺は幸せ者だな?」

「違うから。……おはよう、幽深くん」

「ああ、そっちね。おはよう、姫宮。今日も可愛いぞ」

「全く気持ちが籠ってない誉め言葉をありがとう。さっさと顔を洗ってきなさい」


 俺の軽口をさらっと流し、部屋を出ていく姫宮の背中を追って起き上がる。

 顔を洗って目を覚ましてからリビングに戻れば、テーブルには姫宮の作った朝食が並んでいた。


 メニューとしてはこういうのでいいんだよ的なやつだ。

 厚めに切られた黄金色の玉子焼き。

 こんがり焼け目のついたウィンナーが俵積みになっている。

 優しい香りを漂わせる味噌汁の具材は豆腐とネギ、油揚げだろうか。


 うん、こういうのでいいんだよ。

 俺が作ったらめんどくさいから味噌汁抜きだったけどな。


「本当に料理出来たんだな」

「出来もしないことを引き受けるわけないでしょ? それより早く食べて。揃って遅刻なんてしたら笑われるわ」

「笑われるより奇異の目で見られるだろうな。――なんであんな冴えない男が学園一の美少女の姫宮さんと!? ってな」

「……わざとらしい言い方やめて。というか、幽深くんが冴えない男はあり得ないから。モブ願望でもあるの?」

「目立つのは好きじゃないな。出る杭は打たれるって言うだろ? 俺みたいな光り輝く一等星がその輝きを惜しげもなく放ったら、誰も彼もが嫉妬しかねん」

「呆れた自信家ね。やっぱり冴えない男は無理があるわ。……そうでなきゃ、私のことを助けたりしないでしょ?」


 いーやそれはわからんぞ。

 普段は小心者でも目の前で学校の絶対アイドル姫宮さんが男たちに囲まれて困っていたら、多少なりとも勇気を出して一歩踏み出す理由にはなると思うんだ。

 姫宮を助けたらきゃっきゃうふふな展開があるかも、とか下心丸出しの考えを抱いていても、助けたことは変わらない。


 俺? 後で文句言われたらめんどくさいから助けただけだが?

 幸か不幸かバイト先の接点があるわけだし。


「そんな話は今はいいの。冷める前に早く食べましょ」

「だな」


 向かい合っていただきますをして、まずは玉子焼きへ箸を伸ばす。


 綺麗な黄金色の断面。

 焦げた部分はひとかけらもない。

 厚めのそれを切り分けず、そのまま口へ運べば――


「……これ、出汁巻きか?」

「そうよ。出汁は粉末のやつを使って手抜きしたけれどね。嫌いだった?」

「いや? めちゃくちゃ美味い。出汁の味が朝の身体に染みる」

「……そ。ならよかったわ」

「いつも適当に作るからなぁ。料理って性格出るよな。俺が作ると多少焦げるし塩か砂糖かもその日の気分だし。その点姫宮はあれだ、几帳面って感じがする。巻き方が綺麗だし、焦げ目もないし、切り分けた厚さも等分。朝は時間もないのによくやるよ」

「任されたんだもの。不格好なものは出せないでしょ?」


 そういうとこが真面目なんだよ。

 人ってのは少なからず怠ける心を持っている。

 ふとした瞬間、手を抜ける余地を見つければ、手を抜く人間が大多数だろう。

 俺もそっち側だし。

 なのに、出来ることを最大限やってのける姫宮を真面目と呼ばずしてなんと呼ぶ。


 続いて食べたウィンナーももちろん美味い。

 噛めばパリッと皮が破れて、熱々の肉が口の中で踊る。

 白米を運び、呑み込んで、最後に味噌汁で流し込む。

 優しい味噌の風味と温かな汁がいっぱいに広がって――


「……朝飯の味噌汁って満足感あるよなぁ」

「お気に召してくれたなら何よりよ」

「とか言って本当は俺が美味しいって言うかどうか凄い気にしてるじゃん。箸もつけていないみたいだし」

「……っ! うるさいっ! ……そんなの、気にするでしょ。下手なものを出して『出ていけ』って言われないとも限らないんだから」

「どこまで横柄な人間だと思われてるんだよ。俺だって約束は守るぞ? 好きなだけ泊まればいい。その間、俺は都合がいい家政婦を顎で使えて大満足だし」


 学校一の美少女が実は地味男子の俺の家に住み込んで家事してくれてるんだぜ? って優越感に浸れるからな。

 いやぁ、本当にいい拾い物をした。


「そうだ、肝心なことを言い忘れてたわ」

「……なに?」

「飯作ってくれてありがとな。全部美味いわ。大満足。美少女の手料理補正も相まって朝からご機嫌だ」


 こればっかりは嘘偽りのない本心。

 一人飯じゃあ満たされない何かが、ここにはある。

 その相手が姫宮だからなのかは定かじゃないけど。


 姫宮の鳩が豆鉄砲を食ったような、ぽかんとした表情も大変よろしい。

 俺なんかにこんなこと言われてその反応になるあたり、純粋というかなんというか。

 非情に揶揄い甲斐があるってものだ。


 こほんとわざとらしく咳払いを挟んだ姫宮も出汁巻きへ箸を伸ばし、


「……馬鹿なこと言ってないでさっさと食べなさい。遅刻するわよ」

「姫宮ってあれだな、おかん味がある」

「誰がいつ幽深くんのおかんになったのよ」


 打てば響くこの感じ、ちょうどいいわ。


 などと話していると、どこからか着信音が響いた。

 俺のスマホからじゃない。

 姫宮も気づき、スマホを取り出して確かめ……手を止める。

 表情が少しだけ硬くなっていた。


「出なくていいのか?」

「……そうね。少しだけ話してくる」


 席を立ち、キッチンの方へ消えていく姫宮。

 相手は恐らく母親だろう。

 娘が二日連続で帰ってこなかったのだから、普通は心配にもなる。


 適当に誤魔化すだろうと思いながら食事を進めていると、どこか疲れた顔で姫宮が戻ってきた。


「誰だったんだ?」

「お母さんよ。私が帰ってこないから心配して電話をかけてきたみたい」

「母親に直接追い出されたわけじゃなかったんだな」

「……男の人だけがいたから飛び出してきたのよ。相談もなしに知らない人を家に入れているのは怖いから帰れないって言ったけど」

「これでちゃんとした家出になったわけだ」

「そうね。友達の家に泊ってるって言っておいたけど……」


 ほほう、友達の家とな。


「俺のことを友達だって認めてくれるなんて……嬉しくて涙が出そうだ」

「……言葉の綾よ。住み込みの家政婦扱いが正しいけれど」

「そんなに友達って認めるのが悔しいのかよ」

「だって……そういうの、よくわからないから。友達の定義があるなら教えて。挨拶したら? 名前を覚えたら? 週に何度話したら?」

「一つ言えることは友達に定義を求めるような人間は友達付き合いが向いてないってことだな」

「わかってるわよそんなこと」

「まあ、世間的にもふわっとしてると思うぞ。なんかいい感じに話せて楽しかったら友達でいいんじゃね?」

「適当ね。それだと幽深くんは……」


 じーっと見られること数秒。

 眉を寄せたかと思えば目が逸らされ、


「…………ギリギリ、認めてあげてもいいわ」


 心底悔しそうな声色で口にした。


 ……ふむ。

 ギリギリ認めてやってもいい、と。


「一体何を認めてあげてもいいんですかねぇ? 具体的に言ってくれないとわかりませんねぇ?」

「そのねっとりした喋り方やめてなんかすごいムカついてくるから」

「なら早く答えてくださいよぉ。俺をなんて認めてあげてもいいんですかぁ?」


 重箱の隅はつつくに限る。

 姫宮のように叩けば鳴るならなおさらだ。


 俺の舐めた態度に姫宮の頬が引き攣っていく。

 でもこれ自業自得じゃないですか?

 初めから隙を与えなきゃこうはならなかったのに。


 段々と姫宮の頬に赤みがさす。

 そんなに友達だって言葉に出すのが嫌なのか?

 ……俺も本気で嫌われてたら悲しいけど、こんなことをしてたら仕方ない面もなくはない。


 そしてとうとう我慢の限界を迎えたのか、姫宮が「あー、もうっ!」と声を上げ、


「そんなに言わせたいなら言ってあげるわよっ! 幽深くんをっ! …………友達って、認めてあげるって言ってるのっ!」

「朝飯美味かったわ。ご馳走様でした。姫宮も早めに準備してくれよ。先に出てくれないと俺が学校行けないからさ」


 姫宮の声を聞き流しながら手を合わせ、食器を片付けるために立ち上がる。

 いやぁ、こんな朝飯を毎日食えるとか姫宮様様だな。


「………………言わせておいて、この扱い?」

「すごい恥ずかしそうにしてたから聞き流した方がいいのかなって思ってさ」

「二度と言ってやらないんだからこのバカっ!!」


 デザートまで用意してくれるなんて至れり尽くせりだなぁ。

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