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第1話 泣いていた茨姫を拾った

 俺――幽深司(ゆうみつかさ)はファミレスでのバイトを終え、帰り際に夕飯を求めてコンビニに寄ろうと夜道を歩いていた。

 六月中旬……梅雨のはずなのに雨が降る日は珍しく、昼間は夏の訪れを感じさせるほど暑くて湿度も高い。

 夜は長袖でも平気だけど、陽が出ている間はエアコンが効いていないと熱中症になってしまいそうだ。


「今日は何にするかな。弁当、カップ麺、冷食っぽいやつ……」


 コンビニで買えそうなものを頭の中で思い浮かべながら最寄りのコンビニに着いた俺は、顔見知りが入り口前で立ち尽くしているのを見かけた。


 輝く金色の髪を左右で結び、俺も通う上里高校の女子制服を着た女の子。

 吊り目がちな目元には日本人離れした青い瞳が嵌っていて、彼女が純粋な日本人ではないのだと一目でわかる。

 その目じりに浮かぶ透明な涙の理由は知れない。


 すっと通った鼻筋と、モデルみたいな小顔を作る輪郭。

 瑞々しい桜色の唇を一文字に結び、焦点の合わない瞳でぼんやりと景色を眺める様に、迷子の猫みたいな雰囲気を幻視してしまう。


 胸元を押し上げる膨らみはほどほどながら確実にあるとわかる大きさ。

 平均よりも少し高い身長と長い脚、腰も高くてモデルのような体型だ。


 彼女の名前は姫宮茨乃(ひめみやしの)

 整った容姿で学校で男子からの好感を集めすぎる女子生徒であり、それら全てを棘のある言動で斬り捨てている高嶺の花だ。

 姫宮に告白し、無残に撃沈した男子は数知れず。

 誰にも靡かない姫宮は、いつしか『茨姫』なんて異名で呼ばれるようになっていた。


 彼女の名前から茨も姫も取ったのだろう。

 上手い呼び名だなとは思うけど、姫宮は『茨姫』と呼ばれるのが嫌いらしい。

 流石に高校生にもなって姫扱いはキツイしな。


 その姫宮と俺は、実のところ関りがある。

 同じファミレスでバイトしているのだ。

 去年、一年生の頃に新しい人が入ると紹介されたのが姫宮で、顔を合わせた時に渋い顔をしていたのが記憶に残っている。


 姫宮は学校とバイト先でキャラクターを使い分けているらしい。

 学校では棘のある態度で他者を寄せ付けない孤高の女子。

 バイト先では愛想よく、髪型も変えて真面目に働く女の子。

 ツインテールはバイト中の髪型で、学校では長い金髪を背中に流したストレート。

 メンタルを切り替えるスイッチ的な役割と、万が一にも学校の人と出くわした時にバレないよう印象を変える目的もあるのだろう。

 姫宮はバイトに勤しんでいることや、学校とはキャラが違うことをバレたくないみたいだし。


 でも、今日は姫宮と一緒のシフトではなかった。

 なのにあの髪型をしているってことは、他でもバイトをしているのかもしれない。

 高校生なのに掛け持ちとはよくやる。

 そんなに働いていたら学校生活がおろそかになってもおかしくないだろうに。


 ……などと考えながら、俺は姫宮をスルーしてコンビニへ入ろうとする。

 人には人の事情があるものだ。

 たとえ泣きながらコンビニ前で立ち尽くしているとしても、むやみに俺が関わるべきじゃない。


 人によっては冷たい人間だと非難するだろう。

 けれど、誰しも踏み込んでほしくない一線があるし、大した関係値のない間柄であるならばなおのこと。


 そう思っていたのだが、


「……幽深くん?」


 どこか掠れた姫宮の声が、俺の名前を呼んだ。

 釣られて姫宮の方を向けば、涙に濡れた青い瞳と目が合ってしまう。

 こうなったら無視はできない。

 一応姫宮はバイト先の同僚だし、当たり障りのない会話で乗り切ろう。


「姫宮か。こんなところで会うなんて奇遇だな」

「……そうね」

「バイト帰りか? 気を付けて帰れよ。気温が上がると不審者も増えるって聞くし」


 会話の義務は果たしただろう。

 意図的に姫宮から意識を逸らし、コンビニの中へ入っていく。

 幸い引き留める声はなく、これで良かったんだと思いながら商品棚に残っていた弁当を一つ手に取りレジを通す。


 夜特有のやる気のない店員の「あざっした~」という声を聞きながらコンビニを出ると、姫宮が男たちに囲まれていた。

 見た目と雰囲気的に大学生っぽい。

 姫宮は逃げ道を塞がれ、迷惑そうに眉をひそめている。


「君可愛いねえ、どこ住み? てかラインやってる?」

「こんな時間にどうしたのさ。家出? 夜出歩くのは危ないって習わなかった?」

「行くとこないなら俺たちのとこ来ていいからさぁ。ああ、お代は貰うけど」


 表面上はいい人っぽく振る舞っているけど、言動の端々に欲望が滲んでいる。

 ありていに言えば性欲。

 俺でもわかるそれを姫宮が察せないはずもない。


「……なによ、あんたたち。離れて。指一本でも触れたら――」

「警察でも呼ぶのか? 俺たちは善意で声をかけてるってのにさぁ」

「世の中を知らねえ女にはお仕置きが必要だよなぁ?」

「こういう強気な女の方が泣かせ甲斐があるってもんよ」


 へらへらと笑いながら姫宮へにじり寄る三人の男。

 暴力の気配を悟ってか、姫宮の表情から余裕がなくなる。

 恐怖に頬が強張り、後ずさりながら逃げ場を探し――再び、俺と目が合ってしまう。


 しかし、俺に助けを求めることはなく、すぐに逸らされた。


 ……ほんと、不器用な奴だな。


 姫宮は俺を巻き込まないよう助けを求めなかったんだろうけど、そういうくだらない自己犠牲は見過ごせない。

 仕方なく意識を切り替え、男たちの間へ強引に割って入る。


「――悪い、遅くなった。帰るぞ」

「え、ちょっとっ」


 訳が分からなさそうな声を漏らす姫宮の手を強引に取り、男たちの間を抜けていく。

 後ろで男たちが喚いている気がするけど気にしない。


 姫宮は何か言いたげに俺を見上げながらも、一旦ついていくことを選んだらしい。

 完全に男たちが見えなくなってから「ここまで来れば追ってこないだろ」と足を止め、姫宮の手を離す。


「いきなり手を握って悪かった。ああでもしないと逃げられなさそうだった」


 とりあえず謝罪と手を握った理由を伝えたが、姫宮は怪訝な表情をしながら俺を見上げて口を開く。


「……どうして私を助けたの? 一度も助けてなんて言った覚えは――」

「俺は冷たい人間だけど、どうしようもない人に手を差し伸べる程度の優しさは持ち合わせてるつもりだ。バイト先の同僚なら理由もじゅうぶん。次に顔を合わせた時に今日のことを思い出して憂鬱になるよりマシだ」

「…………そう」


 結構酷いことを言った自覚はあるが、姫宮は諦めた風に呟いた。


「ありがと、幽深くん。正直助かったから」

「お節介も無駄じゃなかったならなによりだ。指一本でも触れたらどうなるのか怖かったけどな」

「……助けてくれた人に文句を言うほど落ちぶれていないわ」

「そうか。じゃあ、俺はこれで」

「待って」


 回れ右で別れようとした俺の手首を姫宮が掴む。

 細い指と、柔らかな手の感触。

 夜の空気よりも冷たい体温が妙に心地いい。


「家まで送って欲しいって話なら構わない。また変なのに絡まれたら面倒だろうし」

「……家には帰れない」


 ぽつりと姫宮が口にしたのは、俺も予想していたうちの一つ。

 やっぱり見捨てるべきだっただろうか。

 そんな考えが脳裏をよぎるも、今は捨て置く。


「家出でもしたのか? 姫宮にも反抗期ってあるんだな」

「揶揄わないで。……バイトから帰ったら家に知らない男の人がいて、お母さんと…………その、そういうこと(・・・・・・)をしてて、身の危険を感じて飛び出したんだけど行く当てがどこにもなくて、それで」

「コンビニ前で立ち尽くしてた、と」


 姫宮は気まずそうに目を逸らしながら小さく頷く。


 とてもじゃないが姫宮を責められない理由だな。

 知らない人が家に居たら警戒するし、男ならなおのこと。

 身の危険を感じるのも、その男が母親とそういうことをしていたなら納得だ。

 自分が次の標的になる可能性はゼロじゃないどころか大いにある。

 さっき姫宮に声をかけていた男たちみたいに。


「帰れそうにないのか」

「……私に大人しく襲われろって言ってる?」

「配慮が足りなかった。でも、どうする気だ? 外で一夜を明かすのは無理があるぞ」

「そうするしかないのよ。制服だとネカフェもホテルも入れてくれないだろうし、かといって泊めてくれそうな人の当てもないから」

「バイト先の先輩は? 女の人が一人くらいいるだろ」

「猫を被ってるのがバレるからダメ」


 そこまで素がバレたくないのか。

 泊まるところがないよりはよっぽどいいと思うんだが。


 しかし困った。

 ここまで事情を聞いて「はいさようなら」は人としてどうなんだ?

 かといって俺に出せる案は……ないこともないのが余計に判断を迷わせる。

 姫宮が受け入れるとは思えないけどさ。


 苦しい表情をしていた姫宮が、俺の手を軽く引いた。


「幽深くん。お願いがあるって言ったら、聞いてもらえる?」

「俺の家に泊めろって話じゃないよな」

「……そのまさかよ」


 姫宮がこんなくだらない嘘をつくとは思えない。

 青い目の奥に本気の色が見え隠れしている。


「そんなことがあって男の家に転がり込もうとするのは襲ってくださいって言ってるようなもんだと思うんだが」

「……家族がいるのに手出しできるの?」

「生憎と俺の両親は海外転勤中で一人暮らしだ」

「…………それ、ほんと?」

「もちろん。姫宮がうちに泊まるって言うなら俺と二人、一つ屋根の下だぞ。エロ漫画なら絶好のシチュエーションだな」

「っ!! 変なこと言わないで」

「そういうことが起こるかもしれない場所にのこのこ入り込もうとしてるのは姫宮だ。それでも泊まるって言うなら歓迎するぞ」


 わざとリスクをちらつかせ、反応を窺う。

 姫宮は黙り込み、目を黙しながら思考に耽り――


「……お願い。家に帰ってわけもわからない男に襲われるより、顔と名前は知っている幽深くんに抱かれる方がまだマシよ」


 暗い諦めを伴った目で俺を見ながら、そう言った。


 ……マジかよ。


 適当なことを言えば諦めてくれると思っていたのに、俺の誘いに乗るしかないほど追い詰められていたのか。

 男に二言はないし、こうなった以上は泊めるけど。


「泊めるのはいいけど、さっき言ってたことは本気にしないでくれ。諦めさせる方便だったんだ」

「……どっちでもいいわ。どうせ綺麗なまま生きていけないだろうし。初めてが知り合いの幽深くんなら、最悪な思い出にはならないだろうから」

 少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけた方はフォローと★を頂けますと幸いです!

 執筆のモチベーションにも繋がりますので是非よろしくお願いします!


 区切りがつくまで毎日更新出来たらいいなと思っています。

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