第99話 キヨサト緊急事態
ツベツ平原で魔物化した人々の救助が行なわれている最中に、話は戻る。
エリアたち一行はキヨサトの森の外、キヨサト町とツベツ平原の境目付近にいた。
戦場右翼司令部からおよそ一キロメートルほど離れたその場所で、ハーフエルフの冒険者たちと共に周囲の警戒に当たっていたのである。
その時だった。ツベツ平原の西方から大量の火蟻が現れ、まっすぐキヨサト町へ進軍してくるのが見えた。さらにその後方には、多数の火熊の影が揺れている。
「火蟻か〜、厄介だな」
オレクが苦々しく呟くと、エレノアが問いかける。
「どんな魔物ですか?」
「奴は魔虫だ。魔虫の中には召喚できるタイプがいてな、数は術者次第だ。体長三十センチほどで動きはそこそこ速い。だが厄介なのは腹を海老反りにして吐き出す蟻酸だ。あれは熱々で、皮や布なら溶かされることもある。腹を向けられたら回避が得策だな」
「うわっ……。でも、姉さんにかかって服が溶けたら……ちょっと見てみたいかも」
エレノアは思わず妄想し、裸で鎧をまとうエリアの姿を想像して顔を赤らめた。鎧の下にはインナーを着ているとはいえ、その光景を勝手に思い描いてしまったのである。
「ふん、俺には興味ねぇな。いつも通り俺が引き付ける。お前はダイヤモンドダストを俺に掛けろ」
「……分かりました。ダイヤモンドダスト!」
「うおっ! 寒ぃ〜……だがこれでいい! アダマンナイト、イザーナを守れ!」
「承知した」
アダマンナイトがイザーナのもとへ駆け寄ると、オレクは火蟻の群れに向かって突進していった。
「スキル誘引!」
火蟻の正面に立ち塞がり、オレクが誘引を放つ。群れは一斉にオレクへと殺到し、腹を反らして蟻酸を噴き出した。しかし、頭上からは常にマイナス二十度の冷気が降り注いでいる。熱々の蟻酸は空中で瞬時に凍り付き、効力を失っていった。
やがて火蟻はオレクの周囲に群がり、巨大な団子のような塊となる。その瞬間を狙い、エリアとエレノアが一斉に攻撃を放った。
「レーザービーム!」
「アイスニードル!」
さらにハーフエルフたちが弓矢で援護し、背後から迫る火蟻を風魔法で討ち払っていく。
その最中、雅閻魔たちも到着し、左右に構えた二体の鬼が火蟻へ突撃した。
――陣形はこうである。
前衛中央にオレク。
中衛右にエリアと右鬼。
中衛左にエレノアと左鬼。
後衛にはイザーナ、アダマンナイト、雅閻魔。
ハーフエルフたちは森に迫る火蟻を迎撃していた。
左鬼と右鬼は左右から回り込むように進軍し、火蟻だけでなく後方の火熊へも斬り込んでいく。
「ふふ、血湧き肉躍るな〜。一騎当千と言われた儂の力、とくと見よ!」
左鬼は走りながら薙刀を振るい、火蟻を一薙ぎにしながら火熊を討伐していく。
「久しぶりに暴れるぞ〜! 小通連水凪一閃!」
右鬼は水刀〈小通連〉から次々と水の刃を放ち、火蟻を切り裂いた。二人の勢いは凄まじく、魔物たちは次々に地へと崩れ落ちていく。
やがて、最奥からひときわ巨大な火熊が姿を現した。
「水風・裂破切り〜!」
右鬼が水と風の刃を同時に放ち、ジャンボ火熊の両腕を切り落とす。そこへ間髪入れず、
「大閃……大外刈!」
左鬼の一閃が走り、ジャンボ火熊は上半身を斜めに断たれて、断末魔をあげる間もなく絶命した。
「うわー、左鬼さん右鬼さん、強すぎでしょう!」
エレノアが目を見張るが、すぐにエリアの声に現実へ引き戻される。
「エレノア、手が止まってるよ!」
「ご、ごめんなさい!」
そんな戦場の様子を、少し離れた場所から眺める影があった。火蟻と火熊をけしかけた張本人――暴食の中級悪魔マブダチである。
「クソッ! なんだアイツらは! やっとベルゼブブ様から直命を受けられたというのに、邪魔しやがって! こうなれば――」
パチッと指を鳴らすと、地面から無数のトビバッタが湧き出した。
「お前ら、キヨサトの森の何もかも食い荒らしてしまえ!」
無数の魔虫トビバッタが森へと跳びはねていく。
「おや? また良からぬ者どもが現れたようじゃのう」
「トビバッタの群れ……! あれだけの数が森に入れば、何もかも食い尽くされます!」
ハーフエルフの声が響いた、その時――。
「ハッハッハ! また我の出番が来てしまったようだな! シルフェードたんのユグドラシルを守れるのは我しかおらぬ!」
イザーナの不死鳥の杖から、火の超位精霊イフリートが現れた。直後、森の火災対策本部から警報が鳴り響く。
「イフリート出現! 至急対応を求む!」
「了解!」
即座にドライアドのドリーナが飛来し、耐熱耐火弦でイフリートを拘束した。
「なっ、なんだこれは!」
「イフリート様、申し訳ありません! 静かにご退場願います!」
「ドライアドどもか……何事だ!」
「キヨサトの大火防止のための処置でございます!」
さらに他のドライアドたちが現れ、
「イフリートGOホーム! イフリートSTAYホーム!」
と、一斉に帰れコールを始めた。
「一体どうしたのですか?」
困惑するイザーナに、ドリーナが説明する。
「申し訳ありません、イザーナ様。緊急事態につき詳細は後ほど。不死鳥の杖にイフリート様を戻していただけますか?」
「……分かりました。イフリートよ、戻れ!」
「ちょ、我の話も聞けって――ああー!」
イフリートは杖に吸い込まれた。
「ご協力感謝します、イザーナ様。実はかくかくしかじかで――」
事情を聞いたイザーナは深く頷く。
「それは大変失礼しました。今後、キヨサト・ユグドラシルでイフリートを出さぬよう注意します」
「ありがとうございます」
その時、不死鳥の杖からシルフェードとアクアディアが現れた。
「シルフェード様にアクアディア様!」
「遅れてしまってごめんなさい」
「少し目を離した隙にイフリートに出し抜かれるなんて……でも今はそんな場合じゃないわね。シルフェード、いい?」
「もちろんです!」
二人は息を合わせて詠唱する。
「スプラッシュサイクロン!」
水流と竜巻を組み合わせた激しい奔流が水平に放たれ、火蟻の上を飛んできたトビバッタの群れは渦中で、跡形もなく消え去った。
「な、なんだと……! おのれ、こうなれば――ウグォォ!」
マブダチはトビバッタと融合し、感覚と跳躍力を増した姿へと変貌する。
「あれは……エレバン帝国皇女か。魔獣に攫われたはずだが、生きていたとは……運が良い。ベルゼブブ様への土産にしよう!」
マブダチはイザーナを狙い、皆が火蟻の駆除に気を取られている隙を突いて後衛に飛び込み、彼女を羽交い締めにした。
「動くな! この娘がどうなっても良いのか!」
「何者じゃ?」
雅閻魔とアダマンナイトが構える中、マブダチは、にやりと笑みを歪める。
「この娘はベルゼブブ様への土産だ。ベルゼブブ様は長年、キヨサト・ユグドラシルの支配を望んでおられる!」
「助けて! 離して!」
「ふっ、いい声だ帝国皇女よ! 俺様は暴食の悪魔マブダチだ! そこんとこよろしく! ではさらばだ!」
「アーレー!」
マブダチは高く跳び上がり、逃げ去った――かに見えた。
「で? こやつが首謀者か?」
「そうですよ〜」
「まったく……妖狐はんの妖術に掛かっているとも知らず、えらい楽しそうやな」
雅閻魔のもとに、妖狐とぽん吉が姿を現す。
――マブダチがトビバッタを召喚したその時、妖狐は背後から忍び寄り、幻術を仕掛けていたのだ。
幻に囚われたマブダチが捕まえたのは、イザーナに化けたぽん吉で、本物のイザーナを捕らえたと思い込み、勝ち誇っていた。だが今、現実のマブダチは雅閻魔たちの前で硬直し、動きを止めていたのである。
「え、私が上級に昇格ですか? ありがたきしあわせ!」
「相変わらず悪魔核は気色悪いのぅ……。悪魔核、破壊!」
雅閻魔は、ベルゼブブから昇格の命を受けたであろう幻を見ている、マブダチの胸を冷徹にペンチで挟み、内に宿るデーモンコアを粉砕した。黒き破片が砕け散り、幻を見ているマブダチは、にこやかに魔界へと強制送還されて行った。
その後、オレクを覆っていた火蟻の群れも駆逐され、戦場に残った脅威はすべて消え去った。
――こうしてキヨサトの町と森は、エリア一行、ハーフエルフの冒険者たち、そして雅閻魔らの奮闘によって。悪魔、火熊、火蟻、さらにはイフリートの脅威から守られたのであった。




