第94話 異変
ザンザたち騎馬隊が馬を降り、左翼本陣から出撃していたアタッカー部隊と合流し進軍を開始した頃――。
作戦指揮を執る第三師団師団長セシリアは、新たに開発した携帯式寝具ハンモックで爆睡していた。
「セシリア様、起きてください! もう二十分経ちましたよ! 起きてくださいっ!」
ラキが声を張り上げる。その隣で、レーカが淡々と報告した。
「右翼のみ進軍攻撃停止の赤旗を掲げてまいりました」
「ありがとう! もう、セシリア様、起きてください!」
「んー……イボブーの丸焼き……」
「美味しそうな寝言を言わないでくださいよ!」
「ラキちゃん!」
「は、はい!」
「もう少し太った方が可愛いよ〜……むにゃむにゃ」
「余計なお世話を寝言で言わないでください! もう!」
セシリアは五分あれば熟睡できるタイプだったため、ラキが目を離したわずか十三分が悔やまれた。
その頃、右翼側では――。
伝令旗を見た第四師団師団長オリバルが、素直に魔法攻撃を停止し、第三師団の兵士たちと立ち位置を交代。攻撃していた者を休ませ始めていた。
「なかなか良いタイミングで攻撃中止を出したな。魔法兵の魔力も尽きかけていたところだ」
オリバルはセシリアの的確な指示を称賛したが、当のセシリアはその間ずっと眠っていた。
「しかし、これからどうするつもりなのか……。中級魔法では射程範囲外じゃから、シールド兵を前に出して前線を押し上げねばならぬな」
右翼側は中央や左翼と違い、固定位置からの遠距離攻撃。さらに前方にいる軍隊オオアリを駆除するには、魔法兵の安全確保のためにもシールド兵の前進が必要だった。
「最初にシールド兵の前に張った風の結界もそのままじゃし、何を考えているのか見当もつかんわい」
そう言って少し悩んだ末、オリバルは右翼側の兵に交互に休息を取らせるよう指示した。
こうして駆除は順調に進み、数時間ほどが経過。
左翼側は当初の三分の二近く、中央は二分の一ほど進み、右翼は三分の一ほどで駆除が止まっていた。
左翼アタッカー隊と合流したザンザたち。
「だいぶ進んだ感じがするな」
「外城壁の伝令旗がよく見えないな。連絡兵を退路に向かって一定間隔で配置するか?」
「頼む」
「了解した。おい!」
「了解しました!」
ザンザたちは、軍隊オオアリの最後尾が見えたら、斜めに進軍し中央と右翼の後方に回り込んで挟み撃ちにする予定だった。
しかし最後尾が一向に見えてこない、探しながら進み続けた結果、彼らはすでに中央司令本部から一キロ以上離れていた。
中央ファランクス隊では、オルクスが隊に加わり、各自に休息を取らせつつ、地道に軍隊オオアリの最後尾を目指して進んでいた。
後方の外城壁にある作戦本部では――。
セシリアが爆睡し、ラキは起こすのを諦めて中央のファランクス隊を観戦。その間、レーカは様々な準備を進めていた。
さらに数時間後。順調に進んでいた左翼側に異変が起きる。
「ずいぶん進んだが、まだ最後尾が見えないな……」
「だな……どうなってんだ?」
防衛戦開始直後は斥候兵により最後尾が確認できていた。
だが今は見えず、ザンザたちも異変を感じ始める。この時、彼らは中央司令本部から四キロ以上離れていた。
「ん?」
「どうした?」
「軍隊オオアリたちの後ろから、何か聞こえないか?」
「よく聞こえないな。微風とはいえ、向こうは風下だしな」
「聞き間違いか……」
しかしジンの耳は確かだった。遠くから「ブーン、ブーン」という音が聞こえ始めてきたのだ。
「やっぱり聞き間違いじゃなかった! この音は……聞き覚えがある!」
「ブンブン、ブブブーン! アブンブーン!」
次第に大きくなる羽音に、ザンザも顔色を変える。
「げっ! この音は……アブンブか!」
「まだ離れている感じだが、こんなに羽音が聞こえるとなると相当な数がいるぞ」
魔虫アブンブは、体長三~六センチの魔物で、動物などの皮脂や汗を舐める代わりに皮膚を刺して痛みを与える不快な存在。毒はないが、煽り集る習性がある。
「アイツらに刺されると痛いんだよな……。セシリアに連絡して、とりあえずオオアリの駆除速度を落として様子を見るぞ」
「分かった」
ザンザたちは大量のアブンブ接近をセシリアに連絡すると同時に、歩みを遅らせた。
作戦本部
ラキはファランクス隊の戦いを眺めていた。
「やはりオルクス様はお強いです。進軍速度が上がりましたね。右翼側は魔法兵たちが休息を終えて位置に戻ってますが……あれ? いつの間にか軍隊オオアリたちがいなくなっています」
右翼司令部
魔法兵たちが戻った時には、すでに軍隊オオアリは右翼から姿を消していた。
「右翼から軍隊オオアリたちがいなくなったじゃと?」
「はい、右翼側面から回り込んだ気配もなく……」
「伝令旗は攻撃中止の赤のままか……。戦闘態勢のまま待機じゃ」
「了解しました!」
「一体どうなっているんじゃ……」
「一体どうなっているの?」
闇夜に紛れ、右翼の軍隊オオアリが後方から順次中央と左翼へ向かったことを、オリバルもラキも知らない。
さらにラキが左翼側を見ると、ザンザたちの後方で第三師団の兵が何か作業をしているのが見えた。
「ん? あれ、うちの兵たちが……って、兵じゃない人もいる?」
白衣を着た研究員たちだった。
「駆除が終わった戦場で、何をしているのでしょうか?」
研究員と兵たちは、地面に長い棒を突き刺しながら中央へ向かい、シールド兵が並ぶ二百メートル先に旗と装置を括り付けていった。
「あんなところに旗を立てて大丈夫なのかな……」
「大丈夫、大丈夫〜」
背後から聞こえた声に振り返ると――。
「うわっ! 起きたなら起きたって言ってくださいよ!」
そこにはコーヒーを飲むセシリアの姿。
「いや〜、熱心に戦場を眺めているラキを邪魔するのも悪いと思って。レーカさん、コーヒーありがとう」
レーカは黙って頷く。
「それで、この様子は一体何なのですか?」
「うちの研究員と工作兵が、観測棒を立てているんだよ」
「観測棒?」
「風速や温度を観測する装置だよ。あと……衝撃波」
「そうなんですね……ショウゲキ?」
ラキがセシリアの言葉に不思議がっていると、レーカがセシリアの耳元でささやき、ザンザからの連絡を報告した。
「セシリア様、ザンザ様から連絡があり、魔虫アブンブが大量に……」
「やはり来ましたか……。研究員たちは下がらせてシールド兵の後ろに観測員を配置。第三師団は対空戦闘準備。左翼のアタッカー隊と中央のファランクス隊は、そのまま軍隊オオアリの駆除を続行。右翼の魔法兵はそのままの位置で攻撃準備。レーカさん、右翼の伝令旗を青に」
「かしこまりました」
セシリアは、大量のアブンブ接近を察知し、迎撃準備に取りかかったのだった。




