第87話 無間地獄
⚠【ご注意】
本作品には、暴力・拷問・霊的描写・死後の報い・復讐など、刺激の強い表現が含まれています。
こうした描写に不安を感じる方は、閲覧をご遠慮いただくか、ご自身の判断でご覧ください。
※すべての内容はフィクションであり、実在の人物・団体・宗教・価値観とは一切関係ありません。
やがて雅閻魔が、重く低い声で静かに呟いた。
「――さて、そろそろ次の段階に移行しようかの」
その言葉に、ブラックゴブリンキングたちは手を止め、恭しく頭を垂れた。
「……はい」
場の空気が、一気に冷え込む。
そのやりとりに、ハリアは嫌悪の色を露わにし、顔をしかめた。
「まだやるのか……」
だが、雅閻魔はそれを一笑に付した。
「むしろ、これからが本番じゃ」
隣で苦しげに呻くキールが、わずかに声を震わせながら助けを求める。
「よ、妖狐さん……ぽん吉さん……た、助けてください……」
だが、妖狐は冷たい目で彼を一瞥し、吐き捨てるように言い放った。
「今さら命乞いとは、ほんま救えんクズやな」
ぽん吉もまた、無情に肩をすくめる。
「あのままアジトで大人しくしてりゃ、ハリアはともかく、お前さんたちはここまで堕ちずに済んだんや。閻魔大王様からチャンスもろうてたのに、それを台無しにしたのは、あんさんやろ?」
キールは何も言い返せず、悔しさというより、自らの選択を後悔するように、ただ深く俯いた。
そのときだった。
雅閻魔が静かに両手を胸の前で重ね、呪文を唱え始める。
「――闇の深淵より、悪しき運命の糸を手繰り寄せん。魔力の渦巻く黒き空間にて、我が意思が具象となり、地獄の門を開かん。わらわの名は――雅・閻魔!」
最後の一音が紡がれた瞬間、空間が振動し、執務室の床に闇の亀裂が走る。
「第八階層地獄、無間地獄――開門!」
裂け目は瞬く間に巨大な穴へと変じ、そこから噴き出した熱風が周囲を満たした。焦げた肉のような臭いが鼻を突き、床に伏していたキールは反射的に嘔吐する。
「熱っ……く、臭っ……オェェ……!」
地獄門の向こうに広がっていたのは、終わりなき苦痛と責め苦が支配する地――無間地獄。俗に「地獄のフルコース」とも呼ばれる、ありとあらゆる苦しみを味わう地獄の最下層だった。
だが、それで終わりではなかった。
雅閻魔はさらに呪文を続ける。
「深淵に蠢く闇の力よ……我が手に集いし遺志を具現化せん。そなたらの仇に制裁を与え、その魂を焼き尽くさん。わらわの呼び声に応えよ!」
空気が震える。
「――復讐鬼、召喚!」
それは、生前に理不尽に命を奪われた者たちが、死後に怒りと怨念を昇華させた存在――復讐鬼。
キールやガレスによって命を奪われた村の娘や家族たちが、目を血走らせながら姿を現し、彼らに襲いかかった。
キールは殴打され、爪で引っかかれ、蹴り倒される。さらに、地獄から召喚された餓鬼が、彼の皮膚と肉を貪る。
「イタタタタ……! やめろぉ!」
ガレスも同様だった。彼の前には、かつて裏切った冒険者仲間や、第一師団の兵士たちの亡霊が現れる。
「キール! ガレス! 俺たちを覚えているか?」
「あ……お前は……!」
「そうだ。衆合地獄で罪を償っていたが、今は復讐鬼として戻ってきた。お前らの地獄は、ここからが本番だ!」
復讐鬼たちの手が容赦なく、冷酷に彼らの足を掴み、骨ごと肉を裂いていく。無間地獄と繋がったこの執務室は、理魔法により肉体が自動的に再生され、苦痛と再生を繰り返す、まさに地獄の縮図となっていた。
そして――ついに。
ハリアの前にも、彼の弟たち……ハイリスとハノスが姿を現した。
ハリアは最初こそ驚いたが、次の瞬間、わずかな安堵を見せる。
「……お前たちだけか。少しは、救われるな」
だが、ハイリスの声は低く、悲しみに濡れていた。
「兄さん……私は兄さんの役に立とうと、必死に樹海で頑張ったんだよ……」
「……そうか、それは……ご苦労だったな」
「でも兄さんは……悪魔に唆されて、私が皇帝の座を狙っていると勝手に決めつけて殺した。言い訳も、弁明も聞いてくれなかった」
続いてハノスが口を開く。
「僕も、兄さんが皇帝になることに反対なんてしてなかった。でも、キールたちが連れてきた女たちが僕を貶めた。嘘を吹き込まれて……それを信じて、兄さんは僕を処刑したんだ」
ハリアは唇を噛み締め、やがて乾いた笑い声を漏らした。
「……ハッ、ハッハッハ……そうか……俺は、完全に騙されてたってことか? 死んだお前らの言葉なんか、誰が信じるんだよ!」
「兄さん、あなたの独りよがりに巻き込まれた人たち――兵士や民、すべて合わせて三百人が死んだ。その人たちの恨みは、ここにある……」
ハイリスが手をかざすと、地獄門の穴から黒き巨大な影が這い出てきた。
無数の魂が合体して生まれた、全長六メートルを超える復讐大鬼。
「やめろ……な、なにをする……うがっ!」
復讐大鬼はハリアの両足を掴み、振り回し壁や床にハリアを打ち付ける。何度も何度も、そして天井に打ち付けた後、ハリアを逆さ吊りにして、股から真っ二つに引き裂いた。
絶叫が空間を震わせる。
ハリアの魂と魄が分離し、魂となったハリアを復讐大鬼が掌に握り潰す。
「く、ぐるじぃ……もう止めてぐれ」
ハリアが魂の姿になっても苦しんでるその時。
「復讐鬼たちよ。続きは無間地獄でやるとよいぞ」
雅閻魔の命を受け、沢山いる復讐鬼たちはキール、ガレスや仲間たちを無間地獄の中へ引きずり込んでいく。
キールたちの命乞いをする叫びが執務室に響き渡った。
そしてハイリスとハノスが、イザーナへと振り返る。
「イザーナ……すまない。俺たちは間違っていた。父上と母上を、どうか大切に」
「元気でな……イザーナ」
イザーナは、涙をこらえながら二人の名を呼んだ。
二人は微笑み地獄へと戻り。復讐大鬼がハリアの魂魄と共に無間地獄の中へと消えていった。
「貴様ら、やめろ……俺は、皇帝に……やめろォォォォ!」
最後に響いたのは、ハリアの断末魔だった。
「――さて、お前たちは無間地獄の獄卒として働くがよい」
「御意!」
ブラックゴブリンキングが深々と頭を下げる。雅閻魔は手に巨大なペンチを取り出し、その胸元から黒く脈動する悪魔核を引き抜いた。
「悪魔核、破壊!」
核が砕けた瞬間、彼の肌は黒から緑へと戻り、ダークゴブリンもホブゴブリンへと変化した。
「……有り難き、幸せ……!」
「では、無間地獄を任せたぞ」
「はっ!」
ゴブリンキングとホブゴブリンは地獄へと戻って行き。地獄門が閉じられると、執務室には静寂が戻った。
そのとき、床に伏していたハリス皇帝が意識を取り戻し、涙を滲ませながら周囲を見回し、深く頭を垂れる。
「……すべて、私の不徳であった……許されぬことだ……」
ぽん吉が小さく呟いた。
「奴さんは皇帝になりたい気持ちを、キールたちや悪魔に利用されたんやな」
その瞬間、エリアにエバからの念話が届く。
『皆さん、大変です。ツベツ平原に魔物の大群が出現し、エレバン帝国とキヨサトに向かって進行しています』
オレクの表情が引き締まる。
「またキヨサトか……数は?」
『……およそ二十万だそうです』
「二十万……!」
『エバ様は、準備でき次第、こちらへ向かってほしいと』
ハリス皇帝は静かに頷いた。
「私のことは気にするな。自害などせぬ。お前たちは、行くがよい。イザーナ、戻ったら……ゆっくり話そう」
イザーナは力強く頷いた。
「分かりました、お父様――皆さん、行きましょう!」
「全部、氷のオブジェにしてあげます」
左鬼が雅閻魔に尋ねる。
「雅様、よろしいでしょうか?」
「ん? 良いぞ」
「では、ツベツ平原へ向かいましょう!」
左鬼と雅閻魔は鬼ヶ島へ戻り、後からキヨサト町へ。
エリアたち一行は、魔物の大群を迎え撃つべく、ツベツ平原を目指して動き出した。




