第84話 贈られし箱 ―ハリアの陰謀
エリアたちが光の塔へ向かう少し前――。
皇帝ハリス・エレバンは、執務室で山積みの書類に目を通していた。そこへ、思いがけぬ客人が現れた。
「これは……左鬼様に、雅閻魔様。お久しゅうございます」
ハリスは静かに立ち上がり、深く頭を下げる。
「護衛兵たちよ、下がれ」
「はっ!」
鋭く返事をした兵たちは、静かに執務室を後にした。
現れたのは、地獄の主・雅閻魔大王と、その側近・左鬼であった。
「急な訪問、許されよ。緊急の件だ」
「いえ、いつでもお越しください。雅閻魔様と左鬼様は、イザーナの命の恩人。遠慮など不要です」
ハリスは微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「それで、緊急とは?」
「お主の息子、ハリアがこちらに向かっているとの情報がある」
「ハリアが……?」
左鬼は頷き、重い口を開いた。
「しかも、どうやらお主の命を狙っているようだ。刺客が間もなく現れる。そこで、一つ策に乗らぬか?」
「……分かりました。その策に従いましょう。ただ、なぜ雅閻魔様がハリアを監視なさっているのか、それを教えていただけますか?」
左鬼は一度、雅閻魔に視線を送り、うなずきを得ると、語り始めた。
「ゴブリンをご存じか?」
「ええ、もちろんです」
「ゴブリンは地獄の使者であり、地上では子供を守る存在。町の近くにひっそりと住み、迷子になった子供を脅かして帰らせたり、危険地帯から追い返したりしておった。だが、ハリアはそのゴブリンたちを、冒険者と共謀して“醜悪な魔物”として討伐した。自身の名声を得るために」
「なんということを……」
ハリスは拳を握り締めた。
「ゴブリンは古くから土地神として敬われ、手出しを禁じていたはず……」
「たしかに、見た目の悪さから咄嗟に倒してしまうような場面もある。だが、ハリアらが主導した討伐はシールド領で大規模に行われた。それがきっかけで、生き残ったゴブリンたちが悪魔と契約し、進化を遂げた。今や“ダークゴブリン”と化した彼らは、知恵と力を得て、討伐に関わった者たちへの復讐を目論んでおる」
「ハリアが……なんてことを」
「主犯格は、ハリア。そしてキール、ガレスの三名だ」
ハリスはしばし沈黙し、やがて静かに口を開いた。
「……左鬼様、皆まで言わなくても分かりました」
「お主は立派にあやつを育てた」
雅閻魔が口を開く。
「だが、謝罪し命を絶ったとて、何も変わらぬぞ?」
「すべて……お見通しなのですね。ならば、ハリアに責任を取らせましょう」
ハリスは厳しい眼差しでそう告げた。
「うむ、それで良い」
雅閻魔が頷くと、左鬼が声を張った。
「では、向かってくる刺客を利用するとしよう。妖狐! ぽん吉!」
呼ばれて現れたのは、キール一行を監視していた妖狐と、妖狸ぽん吉であった。
「はいな〜」
「あいな〜」
「ハリアの皇帝暗殺計画について、説明してくれ」
ぽん吉が一歩前に出て、口を開いた。
「ハリアは刺客には詳しいことは知らせず、皇帝に“箱”を渡すよう命じとります。その箱には“人が魔物化するアイテム”が仕込まれていて、皇帝が開けた瞬間に魔物へと変わってまうんですわ。そこへハリアが“何も知らなかったふり”をして現れ、魔物となった皇帝を討伐。“皇帝は骨も残らず喰われた”と偽って、自らを“皇帝の敵討ちを果たした英雄”として民衆にアピールし、皇位を奪う……という腹積もりです」
「悪魔と手を組んでいたというのも頷ける話だ」
ハリスの声には怒りがこもっていた。
「で、それを逆手に取って一芝居打ちましょか、というのが我々の案です」
ぽん吉はにんまりと笑った。
「刺客が持ってくる箱は開けずに、刺客がハリアのところへ戻る際に攫って、佐助はんがその刺客に化けます。そして、ハリアに“箱を渡した”と報告し執務室へ誘導。その間、皇帝には姿を隠していただき、ハリアが執務室に現れたタイミングで本物の魔物を放つ。やつらが執務室でぽろっと漏らす会話を記録し、逃げ道を封じたうえで、最終判断は皇帝にお任せする――という段取りです」
「……分かりました」
「じゃあ、うちらは先に透け透けになるよ〜」
妖狐が術を使うと、雅閻魔、左鬼、ぽん吉、妖狐の姿はふっとかき消えた。
――そして数十分後。
「第一師団の伝令兵が、ハリア様からの伝言をお持ちです」
護衛兵が知らせに来ると、ハリスは静かに頷いた。
「通すがよい」
現れた伝令兵は、即座に箱を差し出す。
「ハリア様より。お一人になった際に開けてほしい、とのことです」
「ふむ……誕生日の贈り物かな? ご苦労だった」
伝令兵が部屋を出た直後、彼は佐助によって捕らえられ、その姿を奪われる。佐助は伝令兵に扮し、エレバン城の内門前で待つハリアのもとへ向かった。
「ハリア様!」
「おお、戻ったか。どうだった?」
「誕生日の贈り物だと思っておられました。ひとりの時に開けるよう、伝えておきました。皇帝は執務室におられます」
「よし、ご苦労」
ハリアは満足げに頷いたが、すぐにその横顔を険しくした。
「……だがキール、俺はまだお前を許したわけではないぞ?」
「そんなこと言わないでくださいよ〜、ハリア“皇帝”」
キールが軽口を叩くと、ハリアは鼻で笑った。
「魔物になった皇帝は、お前がとどめを刺せ」
「わかっていますよ」
その時、キールの仲間たちが一斉に口笛を吹いた。すると、外城壁と内城壁の間の広場に立つ銅像の台座が音を立てて動き、地下へと続く階段が現れた。そこから魔物たちが次々と現れ、城内外へとなだれ込んでいく。
「魔物だーっ!」
「第四師団に連絡を!」
「火属性魔法ファイ! 北側へ追いやれ!」
兵たちは冷静に人気のないツベツ平原があるエレバン城の北側へ魔物を誘導していく。
「よし、いい具合に兵たちが集まっていく。城内の兵士どもを外へおびき出せ」
キールの号令により、魔物退治のために城内にいた兵士たちは次々と北へ向かって行き、城内部はがら空きとなった。
だが――それもまた、雅閻魔たちの仕掛けた芝居の一部。
城内を守る兵士たちと雑務など働く者たちに、あらかじめ密かに通達されていた。
〈合図があれば、全員城外へ退避、または魔物討伐に参加せよ〉
その“合図”はすでに鳴った――。




