第82話 アレク王、地下に裁きを下す
黒雲が大陸の空を閉ざし、陽光が届かなくなり始めた頃。
ドリード城の地下に築かれた牢獄の壁にも、異変が静かに、しかし確実に現れ始めていた。
「アレク王、大変です!」
駆け込んできたのは、地下牢を警備する衛兵の一人。額には汗が浮かび、足取りには焦燥がにじんでいる。
「地下牢の奥から、何者かが壁を破ろうとしている音が聞こえます!」
王座に座していたアレク王は、わずかに目を細め、静かに立ち上がった。
「……ついに来たか」
その声音には驚きも恐れもない。ただ、想定内の事態が訪れたという確信と、これからの処理に対する冷徹な覚悟があった。
「罠処理部隊に連絡を。魔物ども、我が王国の底で殲滅してくれる!」
「ははっ!」
衛兵はそのまま踵を返し、指示を伝えるべく駆け戻っていく。
アレク王は、ミア・ムーアが発見したシールド領から延びてくる、謎の地下トンネルの動向に警戒しており。
そしてミアの協力により、そのトンネルの出口を、ドリード城地下牢の最下層へと誘導することに成功していたのである。
そこには、敵を迎え撃つための巨大な罠――いや、“処刑場”が構築されていた。
その部屋は縦横五十メートル、深さ百メートルに及ぶ巨大な落とし穴となっており、地下トンネルから来る者たちは、壁を破って侵入した瞬間に奈落の底へと誘われていくのだった。
やがて轟音と共に地下牢の壁が崩れ、魔物たちが現れる。
「ギャアアッ……!」
吠え声を上げる間もなく、彼らは地下牢に床がない事に気づくこともなく、まっすぐに穴へ落ちていった。
続いて現れた魔物たちもまた、後方からの圧力に抗うことができず、次々と罠へと飲み込まれていく。
「処理隊員から報告です。内部から出てきたのは魔物、そして順調に罠にかかっております!」
連絡を受けたアレク王は、満足げに頷きつつも油断を許さぬ姿勢を崩さなかった。
「そうか、だが油断はするな。念には念をだ」
その頃、罠部屋の上層にある監視台では、処理隊員たちが冷静に事態の推移を見守っていた。
「コボルトとトロルばかりだな。ありゃ悪魔の手先だな」
「お前、そんなこと分かるのか?」
「当然だ。コボルトは下級悪魔に乗っ取られやすくてな。トロルはバカだから、言いなりになるのさ」
そんな軽口を叩きながらも、彼らの目は鋭く、決して油断はしていない。
ドリード王国はさらに、トンネル内に魔物が溢れた場合を想定した第二の対策――「押し出し作戦」も用意していた。
それは、魔物たちの最後尾から大量の水を流し込むことで、否応なく罠へと追い込む強制作戦だった。
その作戦の要となるのが、アレク王がかつて水の超位精霊アクアディアから授かった、水を生み出す魔法陣の描かれたスクロールである。
「よし、魔物たちの最後尾を確認。シールド領へ続くトンネルは封鎖……スクロール発動!」
処理隊員が合図を受け、準備していた側道の穴からトンネル内部へ潜入。
魔物の最後尾に接近し、スクロールを取り出して展開する。
青光が弾け、魔法陣が発動――直後、轟音とともに膨大な水流がトンネル内を流れ、ドリード城の方向へと怒涛の勢いで流れ込んでいく。
「水流来るぞ! 上階へ退避!」
罠部屋で魔物の落下状況を監視していたドワーフたちは即座に反応し、階段を駆け上って退避した。
水の奔流に押し流される魔物たちは抵抗する暇もなく、次々に罠部屋へと投げ込まれていく。
罠の底にはすでに魔物の死体が山のように積み上がり、溜まり続ける水によって溺死する者も現れ始めた。
やがて罠部屋の底には、水と魔物の死骸が混じり合った、深さ六十メートルにも及ぶ“死の水槽”が完成した。
「……よし、生き残りがいる。天井、落とすぞ」
無慈悲な命令が下される。
ごうん、と重たい仕掛け音が地下全体に響いた。
天井から吊るされていた重さ二十トンの巨大な石版が、音もなくゆっくりと降下し、蠢く魔物たちの上に容赦なく落ちていく。
押し潰され、骨と肉の砕ける音が断末魔とともに響いた。
「これでよし」
「了解! ……じゃあ、排水だな」
巨大なレバーが下ろされると、罠部屋の底に設けられた排水口が開き、魔物の残骸を含んだ水が勢いよく排出されていった。
それらは特殊下水処理施設へと送り込まれ、最終的には何も残らぬ清浄な水だけが城外へと放たれる。
天井から降下した石版は、人ひとりが通れるほどの穴が空いており。処理隊員たちは上下する巨大な石版を即席のエレベーター代わりに利用し、罠部屋の奥深くへと慎重に降りていく。
底に広がっていたのは、静まり返った空間。そしてそこには、魔石と、いくつかの素材として回収可能な魔物の死骸が、ひっそりと横たわっていた。
「報告します!」
衛兵がアレク王の前に跪き、勝利の知らせを告げる。
「罠は順調に作動し、魔物たちは壊滅。現在は後始末に入っております!」
アレク王は、満足げに深く頷いた。
「そうか。処理部隊には後ほど酒を振る舞ってやれ」
「そのようにいたします!」
再び静寂が戻る王の間で、アレク王はゆっくりと窓の外に視線を移した。
黒雲は今なお大陸を覆い、太陽の姿を見せる気配はなかった。
「……さてさて、今回も厄介ごとに巻き込まれそうだな」
目を瞑り、わずかに顔を上げる。
幾度となく災厄をくぐり抜けてきたその男は、また一つ、新たな戦いの幕開けを、確かに感じ取っていた。




