第81話 光鏡砲防衛戦――黒雲下の閃光
黒雲が、大陸全土の空を覆い尽くしつつある中――
ミラー領でも、異変が静かに、しかし確実に進行していた。
その発端は、光鏡砲の地下に伸びる謎のトンネルだった。何者かが、その奥深くから、地響きのような騒ぎを起こし始めていたのだ。
だが、備えは万全だった。
あらかじめトンネル出口と光鏡砲地下を隔てるように設けられた隔壁は、ミア・ムーアの地魔法によって強化されており、並の物理攻撃では到底破壊できない強度になっていた。
それでも何者かが、その壁の外側から「ゴン、ゴン」と鈍く不気味な音を響かせていた。破壊を試みているのだ。しかも、その音は昨日から断続的に続いている。
塔の上、光鏡砲の頂部に立つルークは、眼下の景色を見据えながら叫んだ。
「何者かは分からないが、光鏡砲を壊させやしない!」
その声は、塔一階の出入口から上階に向かっていたリアムの耳に届いた。リアムは落ち着いた声で応じる。
「こっちの準備はOKだ。まさか上空を黒雲で覆い、陽光を遮るとは思わなかったが……あらかじめ光球に魔力を蓄えておいて正解だったな」
「光鏡砲の弱点のひとつ、敵が弱点をついてくるのは当然だな」
ふたりのやり取りを遮るように、諜報員Aが急ぎ駆け込んできた。
「リアム様、トンネル内部にいるのは、魔物で間違いありません。足音は、現在ここより一キロ先で途切れております。数は、およそ一万体と見られます」
リアムは静かにうなずき、視線を塔の上へ向けた。
「分かった。引き続き監視を頼む」
「了解!」
そのやり取りを聞いていたルークが、苦笑まじりにつぶやく。
「一万か……光鏡砲の威力からすれば、少々物足りない数だ……」
「おそらく、塔の根元を破壊して倒そうとしていたのだろう」
リアムの読みを聞き、ルークはうなずいた。
「だとしたら……司令官がいるな。カマイル殿、弾着観測を」
塔の外壁をすり抜けるように、能天使カマイルが飛翔する。軽やかに上昇し、上空からシールド領方面の観測に入った。
塔内では、魔力の充填が始まっていた。
「光鏡砲、魔力充填八十、九十、百パーセント……対閃光防御!」
合図とともに、ルーク、リアム、そして塔内見張り兵たちはサングラスを装着。塔の先端に据えられた光球がぎらりと輝き、激しく脈動しながら魔力を収束させていく。
「百二十パーセント! 光鏡砲――発射!」
刹那、塔の中心を貫くようにして、眩いレーザーが地下へと撃ち込まれた。魔法鏡によって反射・収束されたそれは、トンネルと接続する基礎壁を一瞬で溶かし、さらにトンネル内へと突き進む。
逃げ惑う暇すら与えず、無数の魔物たちが、閃光の只中に飲み込まれていった。
しばしの静寂。
「どうだ?」
ルークの問いに、リアムが即座に答える。
「塔も城も、地上には異常なしだ」
続けて見張り兵が報告する。
「地下に魔物の姿は確認されません」
さらに、諜報員Aの報告が加わる。
「トンネルの上にある町や村にも異常はありません」
「よし、成功だな」
その時、カマイルが再び舞い戻ってきた。
「見事でした。そして……シールド領内で煙が上がっていますな」
リアムがうなずく。
「やはり、トンネルの起点はシールド領か。観測、感謝する」
「悪魔の匂いもしますな。かなりの手練と見受けられる」
「そうか……では、対空監視とトンネル調査班を組織する。準備を」
「了解!」
リアムはルークに視線を向け、改めて告げた。
「調査班は冒険者ギルドに依頼しておこう」
「任せた。……皆、お疲れ様」
ルークのねぎらいに、兵たちの表情がふっと緩む。
――その頃。
南東樹海基地から戻ったメイソンにも、リアムからの連絡が届いていた。
冒険者ギルド館一階の受付で報告を聞いたメイソンは、短く返した。
「……ああ、分かった。トンネル調査班を編成しておく。しかし、空がこんなに黒いとは……まるで、魔王と対峙したあの時のようだな」
「なんかギルマスが居るの、久しぶり~」
受付カウンターから、レアがにこやかに声をかけてきた。
「そうか?」
「いっつもサブマスに任せてどっか行ってるし!」
「……そんなことはないぞ」
メイソンは咳払いし、姿勢を正すと机に手を置いた。
「リアムからの依頼だ。トンネル調査班の募集をかける。張り紙を作ってくれ」
「リアム様のお望みとあらば! 私のセンスで即募集完了させてみせます!」
だが、そこへ空気を読まない声が響いた。
「え〜トンネル調査班を募集してます〜」
ギルド職員のカーターが、張り紙よりも早く、口上よろしく冒険者たちに声を張り上げていた。
「カーター、死すべし!」
レアが邪魔すんなと言わんばかりに声をだす。
「なんだよ、声かけた方が早いだろ」
「これはリアム様が私に下した神聖なるクエストなのよ! これを完遂すれば、きっと私の素晴らしさに――」
「張り紙作ってって言ったの、俺だけどな……」
メイソンはボソッと話し、カーターが。
「……もう、別の世界に行きましたよ。オーイ、レア? 現実に戻って来いよ」
「はっ! 皆さん、ちゃんとした募集広告ができるまで少々お待ちくださいね〜!」
「……ダメだこりゃ。レアに任せますか」
「そうだな」
メイソンは天井を見上げ、ふと心に浮かんだ名前に思いを馳せた。
(……エレノアはちゃんと頑張っているだろうか)
こうして、光鏡砲防衛はひとまずの成功を見た。
だがその背後では、次なる備え――暗き地下への調査と、悪魔の影を探る戦いが、静かに始まりつつあった。




