第71話 風の超位精霊シルフェードと世界樹の導き
雨が止みつつあるキヨサトの森――
その静けさを、どこか騒がしい言い争いが破っていた。
「ズルい! 我も召喚されて、かっこいいところをシルフィードたんに見せたかったのに!」
不満げに叫ぶのは、火の超位精霊イフリート。大きな体に頭から炎が出ているかのようなその姿が、火熊の災禍に似合わず騒がしかった。
「お前が出てきたらキヨサトが余計地獄になるでしょう!」
冷静に言い返すのは、今まさに鎮火を成し遂げた水の超位精霊アクアディア。
「いーや違うね! 火は高温に吸収されて沈静化するから、むしろ鎮火が早かったもんね!」
「吸収されて更に燃え上がるでしょう」
「いやいやいやいや」
「黙らっしゃい!」
言い争いはもはや小学生の喧嘩のようになり、ついにアクアディアの怒号が響いた。
「モがっ!」
イフリートの口が水でふさがれたらしく、くぐもった声が森に残る。
そんな二人のもとに、風が静かに集まり始めた。最初はそよ風、やがて爽やかな渦となり、次第に風圧を帯びた小さな竜巻に変わっていく。
「来た~っ!」と、イフリートが声を上げる。
ぽんっ──という軽やかな音と共に、風の精霊が姿を現した。
「お久しぶりです、アクアディア! 来てくれたのですね」
風の超位精霊・シルフェードが、透明な風をまとうその姿で現れた。金糸のような長髪がふわりと舞い、まさに風そのものといった存在感だった。
「久しぶりだわね」
アクアディアが少しだけ口元をゆるめる。
「我も! 我もいるよ! シルフィードたん!」
イフリートが満面の笑みで手を振る。
「イフリートもありがとう」
にこやかに応えるシルフェードに、イフリートはほっとしたように胸をなでおろした。
だが──。
「お前、この前から“シルフィードたん”って言ってるけど、シルフェードよ?」
アクアディアの鋭いツッコミが飛ぶ。
「なっ……!」
固まるイフリート。だがすぐに切り替える。
「……あ、あだ名だよ! あだ名! 親しみを込めてね! もちろん、シルフェードたん……いや、シルフェードのことは片時も忘れたことなんてないよ!」
「実は数千年ほど金の延べ棒に夢中になっていたくせに」と、アクアディアがぼそり。
「……あー雑音がひどいなあ」
その瞬間、別の方向から響いたのは、硬質で落ち着いた男の声だった。
「お主たち、そろそろ止めぬか」
声の主はロックウェル。ゴーレム、アダマンナイトから、その体を通して声を発している。
「ロックウェルも久しぶりですね」
と、シルフェードが優しく応じる。
「世界銀行が出来てからというもの、信用取引の管理でな……自動化が進んだ今も、私はまだ働いておる」
「ご苦労様です。相変わらずの勤勉さですね」
そのとき、木々の間からエバが歩み寄ってきた。彼女の姿を認めると、シルフェードは静かに頭を下げる。
「エバ様。お久しぶりです」
「こちらこそ、いつも適度な風と木材には感謝している。おかげで光国側は、作物が不作になることがほとんどない」
エバの礼に、シルフェードは微笑みで返す。
そして視線を転じた先には、イザーナたちの姿があった。
「さて……そちらが、救世主様ですね」
「は、はい! 初めまして。エレバン帝国皇女、イザーナ・エレバンと申します」
イザーナが深く礼をする。その背後から、仲間たちも順に自己紹介を続ける。
「エレバン帝国第四師団・近衛騎士団、隊長のエリアです」
「ミラー領、冒険者ギルドサブマスターのエレノアです」
「ドリード王国重戦士、オレクだ」
「私は風の超位精霊・シルフェード。以後、よろしくお願いしますね」
風が静かに吹いた。雨の後の森に、新たな息吹が満ちる。
「さて、ここはハーフエルフの方々に任せて、皆さまには世界樹の元へとご案内しましょう。風の精霊殿は世界樹にございます」
シルフェードの言葉に、一同はうなずいた。
こうして、キヨサトの森を襲った火熊の災禍は静かに収まり、エリアたちは新たなる出会いと導きのもと、風の精霊との契約地――世界樹へと歩みを進めるのだった。




