第67話 ワールドバンク本店
エリアたち一行は、地の超位精霊ロックウェルとの契約を果たすべく、闇国側に広がる巨大な峡谷——ダイセツキャニオンへと足を踏み入れていた。
空が《グラビティビット》で、魔物たちが掘っていた地点の砂を除去すると、その下から風化した石碑と、巨大な面長の顔を持つ胸像が現れた。
「イザーナよ。この胸像に“不死鳥の杖”を当てるのだ」
エバが静かに告げる。
「分かりました」
イザーナが杖をそっと胸像に触れさせた、その瞬間だった。
胸像は茶色い光を帯びて輝きながらゆっくりと上昇し、地中から巨大な台座が姿を現す。人が余裕で入れる大きさの重厚な扉が中央に嵌め込まれた、荘厳な構造物だった。
「この扉の先が、地の精霊殿——“ワールドバンク”本店だ」
エバが神妙な面持ちで言った。
「なるほど……ここが世界銀行本店の入口だったのですね」
ライガーが感心したように頷く。
「そう。各国に設置されている像は支店にあたる。支店では仮想通貨の口座開設や制限はあるものの、それなりに物を入れれる《マジックバック》の次元倉庫契約ができるが……ここは、すべての顧客信用情報を統括し次元倉庫がある本店。そして、世界経済のバランスを司る場所でもある」
「経済のバランス……ですか」
エレノアが難しそうに眉をひそめる。
「国や領地の通貨価値が乱高下しないよう、調整を行う機関です。必要に応じて通貨を供給し、場合によっては徴収もする……」
イザーナが補足すると、エバは満足げに頷いた。
「その通りだ。ただし、今はまだ理解せずともよい。君たちは行政の長ではないからな」
「あとで教えてくださいね」
エレノアが頬をふくらませながら言った。
「では、入ります」
イザーナが扉に手を触れると、重厚な扉が静かに開かれ、闇に包まれた空間が広がった。一歩足を踏み入れると、そこはまるで宇宙空間のようだった。あたり一面に無数の小さな光が瞬き、幻想的なロビーに変わる。正面には、すでに三人の小人が横一列に整列して待っていた。
「世界銀行本店へようこそ、救世主様!」
三人は声を揃えて頭を下げ、その中央の小人が一歩前へ出てきた。
「これは帝国の姫君、イザーナ様ではありませんか。まさか姫様が救世主とは」
彼らはノーム。地の下位精霊であり、銀行業務に従事する者たちだ。
「……お会いしたことが?」
イザーナが首をかしげると、小人は微笑んで言った。
「はい。姫様がまだ赤子だった頃、エレバン帝国支店にて、ハリス皇帝陛下が姫様の口座開設をしたいと、その時の担当をしておりました」
「まぁ……そんなことが……」
「まさか、あの赤子が救世主になられるとは……」
ノームは感慨深げに目を細めたが、エバが促した。
「感傷に浸るのは後にして。案内を頼む」
「これはエバ様失礼いたしました。まずは身分証など確認いたします……はい、ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
ノームたちは確認を済ませ、一行を先導して歩き出す。
「すぐに救世主だと分かったのですね?」
エリアが不思議そうに尋ねる。
「はい。本店入口の胸像は、勇者か救世主にしか反応しない仕組みなのです。そして、不死鳥の証を持つイザーナ様を見れば……」
雑談を交えながら進み、やがて一行は目的の部屋へとたどり着いた。
巨大な扉が開かれ、その先にはさらに幻想的な光景が広がっていた。中央通路以外の床は抜けており、下には無数の金貨・銀貨・銅貨が山のように積もり、絶えずさらさらと流れ落ち、再びどこかへ吸い込まれてゆく。
部屋の中央には大階段がそびえ、神殿のような荘厳な空気が満ちていた。
そのとき——
「金貨は我のものだぁぁぁ!!」
不死鳥の杖から飛び出したイフリートが、金貨の山に飛び込んだ。全身を埋めてはしゃぎ回っている。
「イフリート、やめなさい!」
すぐ後ろから現れたアクアディアが、怒った声を上げた。
すると、大階段の上からどっしりとした重みのある声が響いた。
「相変わらずイフリートは金貨好きだのう……」
顔を上げると、階段の頂に鎮座していたのは、顔だけの大きな石像——地の超位精霊、ロックウェルだった。
「久しぶりだな、アクアディア」
「お久しぶりですね」
「もう何年ぶりか……忘れてしまったがな……」
金貨に埋もれながら、イフリートが手を振る。
「おう、久しぶりだロックウェル!」
「元気な奴だ、まったく……」
そして、ロックウェルの視線がイザーナに向けられる。
「して、そなたが救世主か」
「初めまして。イザーナ・エレバンと申します」
丁寧に頭を下げるイザーナに、ロックウェルは満足げに微笑んだ。
「そうか。帝国の姫が選ばれたのか……。エバよ、お主とも久しいな」
「ええ。貨幣システム創設以来ですね」
「無茶な計画だと思ったが……よくぞ機能させた。感謝する」
「こちらこそ」
ロックウェルは深く頷き、そして声を低める。
「さて、本題に入ろう。イザーナとの契約はする。しかし先に」
「俺に……?」
ロックウェルはオレクを見て、そしてオレクは思わず声を上げた。
「そうだ。お主は“鉱人”と呼ばれ、地の属性に優れている。このゴーレムを使いこなせよう」
ロックウェルの前に現れたのは、人型の石人形。しかしそれは、ただのゴーレムではなかった。
「これは隕石の一部とミスリルを融合した、伝説の“アダマンゴーレム”だ」
「これが……アダマン……」
「普段はペンダントになっており、必要に応じて人型となる。使いこなせば強力な戦力になるだろう」
「ありがたい!」
オレクが感激の声を上げる。
「さらに地の加護も授けよう。これで地の魔法は思いのままだ」
「うおぉぉぉ!これで《メテオストライク》の後も、柔らかくした地面から即脱出できます!」
その様子を見ながら、エリアがぽつりと呟いた。
「いいなぁ……」
「姉さん?」
エレノアが不思議そうに首を傾げるが、エリアは慌てて手を振った。
「い、いや、なんでもないわよ」
こうして——
地の超位精霊との契約、その第一歩が、今、静かに刻まれたのだった。




