第66話 ダイセツキャニオン
エリアたちは、次なる精霊契約の地へ向かっていた。
その目的地とは──闇国側の獣国ライネルの領内、大陸北西部の峡谷地帯「ダイセツキャニオン」。
地の超位精霊ロックウェルがいるとされる神秘の地である。
今回は獣国ライネル国王・マンティス五世、光国名ライガーも同行することとなった。
ダイセツキャニオンは、豊かな自然に恵まれた動物たちの楽園だった。
しかし近年、その北に広がる未知の砂漠からの侵食により、峡谷は急速に砂で覆われ、かつての姿を失っていた。
野生動物たちは次々と西側にある草食獣の国・エレファント王国や南西の樹海へ逃げ、ライネル国内では深刻な食料不足が発生。
今は天空門・鬼ヶ島からの支援で持ち直しているが、ライガーの心には「再び自然をこの地に取り戻す」という願いが深く刻まれていた。
やがて、一行はかつての峡谷の入り口にたどり着く。
目の前に広がるのは、想像していた自然の楽園ではなかった。
「おおー、ここがダイセツキャニオン……」
エレノアが、目の前の荒涼とした風景を見つめながら呟く。
「ほぼ一面、砂ですね」
イザーナの言葉は、誰の心にも同じ落胆を呼び起こした。
「そうですね……チラホラと岩肌は見えますが」
エリアもまた、期待との落差に肩を落とした。
ライガーは、かつての記憶とのあまりの違いに言葉を失っていた。
「ここまで侵食されていたとは……」
かつて、彼がミラー領へ支援要請に向かった際、上空から見たダイセツキャニオンの砂はせいぜい二十センチ程度だった。
だが今では──高さ二十メートル近くの岩がかろうじて見えるほどまで、砂は積もりあがっていた。
「いくら何でも早すぎるな」
エバが険しい顔で言う。「これは……何かしらの“変異種”が潜んでるかも知れない。油断するなよ」
「砂漠だと……サンドワーム、サソリ、ヘビか。峡谷ならジネズミ、ムササビ、黒ヒョウあたりが定番だが……この状況じゃ砂漠系に警戒だな」
オレクが冷静に可能性を挙げる。
「空さん、この砂……取り除けますか?」
エバの問いに、空が頷いた。
「特定の箇所だけなら。でも、全体的には……ミアのスキルが必要かな」
「了解しました。それでは……地の精霊殿の近くに向かいましょう」
一行はライガーと水竜クルルに分乗し、ダイセツキャニオンの奥へと飛んだ。
地の超位精霊ロックウェルが鎮座する精霊殿──それは“WBK”、すなわち「ワールドバンク」世界銀行がある精霊殿で、その入口は日によって変わり、しかも強力な結界で守られている。
さらには、第三魔王カルスティンによって、勇者を惑わすためのダンジョンが三十も仕掛けられており、場所の特定が困難になっていた。
やがて、エバの案内により、精霊殿の入り口と思しき地点の上空にたどり着くと──地上の異様な光景が、彼らを迎えた。
「……魔物が集まってるな」
オレクが鋭く目を細める。
下を見ると、岩が突き出した地形が東西南北に広がり、その中央、ちょうど十字が交わる部分に、大量の魔物が密集していた。
「デススコルピオに……サンドワーム、それに……変異種のサンゴヘビか」
その数と大きさは尋常ではなかった。
「たぶん、あの中心部に精霊殿の入口が……」
エバの推測に、皆が頷いた。
「魔物たち、砂を掘ってるみたいで……砂がすり鉢状ですね」
エリアが観察し、言った。
「好都合だな」
オレクの顔に不敵な笑みが浮かぶ。「まとめて始末する。作戦はこうだ──」
オレクの案はこうだ。
自らが囮となって魔物の中心に降下し、誘引スキルで注目を集める。
そこへ水竜のクルルが水を浴びせ、エレノアの冷気魔法で凍らせる。
魔物たちの動きが止まったら、自ら脱出し、上空から決定的な一撃を見舞うのだ。
だが──オレクが作戦を話している間、空はなぜかぼーっとしていた。
(おい……あんな魔物、お前なら一瞬だろ)
――突然、頭の中に直接語りかける声が響いた。
(誰だ……?)
(代わりに俺がやってやろう……お前が気に病まなくていいように)
エバが異変に気づいた。
「空さん?」
「えっ……?」
「なんか、ぼーっとして……作戦、聞いてましたか?」
「すまない、聞いてた。問題ないよ」
(この声……なんだか懐かしいような、昔から知っているような……闇国側に来てから、なにかがおかしい)
空は頭を振り、雑念を追い払った。
「イザーナ、支援魔法を頼む」
「キューア」
イザーナの手が輝き、オレクに持続型の体力回復魔法がかかる。
「これで多少無茶しても大丈夫だな……よし、行くぞ!」
オレクはライガーの背から飛び降り、魔物の中心へと一直線に落下。
着地寸前に誘引スキルを発動し、魔物たちを自分へと引き寄せる。
すり鉢状の地形に魔物たちが団子状に集まったその瞬間──
「クー!」
クルルが口から放った水息砲が魔物たちを水浸しにする。
「ダイアモンドダスト!」
エレノアの冷気魔法が重なり、びしょ濡れの魔物たちは瞬く間に凍結。
冷気はすり鉢地形に閉じ込められ、魔物の体内にまで凍結が浸透していく。
「オレク、今よ!」
「了解!──バックファイ!」
ボンッッ!!
バックファイにより、オレクの尻から高圧ガスが噴き出し、オレクは空へと飛び出した。
そして空中で自らに《ファイノフィールド》を展開。オレクの周りは火の球と化す。
「メテオストライク!!」
火の玉となったオレクが大盾を前にし、凍った魔物たちめがけて猛スピードで落下。
轟音と衝撃波があたりに響き、凍った魔物たちは熱割れを起こし、魔物はひび割れて崩れ落ちるともに熱で焼かれて魔石になった。
そしてオレク自身は勢い余って砂の中に深く潜ってしまい──
「空さん!オレクを助けてください」
エレノアの声に反応して、空が《グラビィテイビット》で砂を排除し、オレクを救出する。
「大丈夫ですか?」
「砂がクッションになったからダメージはないが……生き埋めはきついな。助かったよ、空さん」
「いえいえ」
「この技、何かしら改良が必要だな……」
「地属性魔法を覚えれば解決する。オレクには才能がある」
エバの助言に、オレクが笑った。
「それは良い。上から体当たりで魔物を倒すってのは、爽快だぜ」
「オレク、唯一の攻撃手段かもね」
エレノアが茶化すように言い、皆が和やかな空気に包まれた。
「残った魔物は倒しておきました」
エリアの報告に、オレクはにっこりと笑う。
「ありがとな」
ようやく、辺りの砂が除かれ、中心にあった一つの石碑が姿を現した。
「これが……印、でしょうか?」
エレノアが近づく。
「その通り。この石像が精霊殿への鍵だ」
エバが答えた。「特別な資格を持つ者が“証”を添えれば、入口が開かれる」
──こうしてエリアたちは、ついに地の超位精霊が眠る“地の精霊殿”の入口にたどり着いたのだった。




