第63話 火の精霊契約
獄炎が渦巻く燐火の中で、イフリートは苦悶の叫びをあげていた。
彼を責め立てているのは、まさにその産みの親――鬼火の燐火である。
「やめてやめてやめてぇ! コアが溶けちゃうからぁっ……!」
精霊といえど、自我を持つためには“コア”と呼ばれる存在が必要だった。それは生命体の心臓にも等しく、魔物、天使、悪魔、そして実体を持たない精霊にすら不可欠なものだ。
「金の延べ棒にうつつを抜かして……」燐火が呆れたように声を上げた。
「だって、綺麗だったんだもん……」
「口答えするかっ!」
「ヒィィィ!」
そんな騒がしいやり取りを前に、空やエリアたちは呆然と立ち尽くしていた。だが、左鬼と雅閻魔は特に驚いた様子もなく、左鬼は淡々と天空門からテーブルと椅子を取り出すと、優雅にお茶の用意を始める。
「皆の者、どうやら少し時間がかかりそうなので。ここは一服いたしましょうぞ」
茶を啜りながら見守ること、約三十分。
ようやく燐火の中から「チーン」という音とともにイフリートが現れた。
先ほどまでの竜の姿は影もなく、今は人の姿をして、まるで精魂尽き果てたようにぐったりしている。
イフリートの人型は、身長百九十センチくらい。茶褐色の肌に引き締まった体つき、そして炎が揺らめいているような赤い髪が特徴だった。
燐火も人型になり、身長百六十センチほど。ピンク色の炎がひとりの女性の形を象ったような、儚くも美しい姿をしていた。
「ほら、皆さんに謝りなさい」燐火が促す。
「す……すみませんでした……」
イザーナが柔らかく微笑んだ。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、お体は平気ですか?」
「くっ……なんつー優しい人だ。鬼ババアとは大違い……」
「……ああん?」
「ヒィッ! な、何も言ってませんから!」
慌てたイフリートは話題を逸らすように、左鬼と雅閻魔へぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりですね~。いやあ、お二人とも変わりなくて何よりです」
「久しいのう。さっぱり見かけぬと思えば、こういうことじゃったか」
雅閻魔が苦笑する。
「まったく、恥ずかしい限りでして……」
「この金塊はすべて没収する」
燐火がそう言うと――
「えぇっ!?」
イフリートが驚き、
そのやり取りを見ていたエバに、燐火が優しく微笑みかけた。
「久しぶりね、エバ」
「お久しぶりですね、燐火様」
「……あれ? 二人って知り合いだったの?」
「何万年か前、お前を見に下界に来たときに知り合ったのよ。エバと協力して、今の火属性魔法の基礎を作ったの」
「懐かしいですね」
「ついでに、地の超位精霊と貨幣制度の基礎もね。だからこの金塊はエバに任せるわ」
「いやいやいや、これはこの部屋に飾ってこそ映えるのですよっ!」
「“映え”ってなによ!」
「えっと……見た目が良いというか……」
「鉱物資源は観賞用じゃないっ!」
「アッチィィィィィーーッ!! 溶けちゃうぅぅーー!」
燐火が激しく怒鳴ると、イフリートは慌ててしおれて縮こまった。
「エバ、金塊は有効活用して」
「ありがとうございます。中立都市の建設と運営に使わせていただきます」
「ちょ、我の意見は……」
「イフリート、ありがとう〜!」
イザーナの一言に、彼の表情がふわりと和らぐ。
(この娘の声……なんだか癒されるな……)
「まぁ、今日この日のために悪人どもから集めておいたからな! 大いに感謝するがよい、ワハハ!」
「良く言ったものね……」
燐火が呆れた声を出す。
「さて、イザーナよ。我との契約だったな?」
イフリートが誤魔化しついでに、精霊契約の話を持ち出した。
「はい」
「我との契約には“証”が必要だ。そして我を受け入れる“器”がそなたにあるか、試さねばならぬ。器でなければ……その場で焼き尽くされるが、それでも契約するか?」
イザーナは一瞬、エバの顔を見た。
彼女は静かに頷く。
「はい。お願いします!」
イフリートは燐火と雅閻魔に、大丈夫?的な視線を送ったが、二人は“やれ”とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「よ、よし……では“証”を見せよ」
イザーナが不死鳥の杖を取り出すと、イフリートの目が見開かれた。
「むっ、確かに。不死鳥の証……!」
不死鳥は契約主によって姿を変えるため、精霊たちはそれを“証”と呼んでいる。
「証は確認した。では試すぞ。そなたが“器”でなければ……命は無い。覚悟は良いか?」
「はい!」
その瞬間、不死鳥の杖が赤く光り出した。
「ふむ、不死鳥もお認めか……では、杖を体の前に掲げよ!」
イザーナが杖を構えると、イフリートの体が人の姿のままマグマに変わり、全身から膨大な魔力が放たれる。
「ボルキャニック・カノン――!!」
イフリートが杖めがけて体当たりしてくる。
イザーナは目を閉じ、不死鳥の杖にすべてを託した。
その瞬間、イフリートの体が杖に吸い込まれ、杖から天井に向けて赤く大きな不死鳥の姿が現れる。
「うむ、お見事じゃ」
雅閻魔が唸る。
「これは美しいですな」
左鬼が頷き、エリアも目を輝かせる。
「……綺麗」
やがて不死鳥の姿が消えると、杖からイフリートがひょっこり顔を出した。
「ワハハ! 快適だなイザーナの器は! 広々として心地良い! よかろう、我も是非連れて行ってくれ!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
こうしてイザーナは火の超位精霊イフリートとの契約を交わした。
精霊契約により、その属性魔法を使いこなすことが可能となり、超位精霊召喚すら現実のものとなった。
「そこのドワーフ、オレクと言ったな。そなたにも“火の加護”を与えるぞ」
「ありがたく頂戴する」
「皆、よろしく頼むぞ!」
燐火がひとこと釘を刺す。
「イフリートが言うことを聞かなければ、私に言いなさいね」
こうして、イフリートが仲間に加わった――。
その時、左鬼の隠密である佐助が姿を現し、密かに情報を伝える。
「ふむ、なるほど……エバ殿、ちょっと良いですか……」
左鬼から情報を受け取ったエバは、皆に次の目的地を伝えた。
「皆さん、次は大陸北、ワカーナ岬のさらに北の海底――
海底精霊殿へ向かい、水の超位精霊アクアディアと契約しに行きましょう」
その提案に、イフリートがすかさず抗議する。
「反対! 風のシルフィードたんからが良い!!」
「イフリート!」
燐火が鋭く睨む。
「……わ、分かったよ。でもなるべく早くシルフィードたんを……」
「なるべく早めにしますから、お願いね」
イザーナが微笑む。
「イザーナが言うなら、まぁ良いか……」
「では、一度天空門に戻って休みましょう」
エリアが提案した。
こうして一行は、次なる超位精霊――アクアディアとの契約を目指し、北の海底都市へと旅立つのだった。




