第60話 火の精霊都市インフェルノ
トーカチ山の内部、灼熱のマグマが流れる深部に築かれた火の精霊都市――インフェルノ。そこを目指す冒険者パーティーのエリアたちは、腕試しを兼ねてダンジョンを攻略しながら進み、後から追ってきた空たちと無事に合流を果たした。
巨大な門の前に立ったオレクが、重い扉に手をかけて押し開ける。都市へ入ると姿を現したのは、全身を赤いウロコに覆われた二体のサラマンダー(火蜴人)の門番だった。
「ようこそ、冒険者の皆様。火の精霊都市インフェルノへ」
門番Aが威厳を保ちながらも、どこか温かみのある声で出迎える。
「こんにちは」
エリアが軽く会釈を返す。
「失礼ですが、身分証明となる冒険者登録証などのご提示をお願いいたします」
もう一人の門番Bが、丁寧な口調で言った。メンバーたちは順に冒険者証を取り出し提示していく。空と雅閻魔と左鬼も冒険者証を見せ、皇族であるイザーナも、今は身分を隠して冒険者として行動しているため、他の仲間と同じように証を見せた。
「皆様、正真正銘の冒険者様ですね。……あの、後方にいらっしゃる方々は、もしかして……エバ様でいらっしゃいますか? 」
門番Bの視線が後方へと向く。
「久しぶりだな、サラマンダー達よ」
エバが穏やかな微笑を浮かべて応じた。
「お、お久しぶりでございます! エバ様、自らお越しくださるとは……数百年ぶりかと」
サラマンダーたちは長命である。門番Bもその例外ではなく、三代目勇者の時代からこの南門を守り続けてきた古参だった。
「……あの時は勇者が迷惑をかけて、済まなかったな」
エバの声音には、どこか申し訳なさが滲んでいた。
「いえ、エバ様の責任ではありません。すべては、欲望に溺れた者たちの問題です」
昔、三代目勇者が第三魔王と結託し、インフェルノを掌握しようとした事件があった。サラマンダーたちは全精霊の力を結集し、都市の出入口を封鎖して自衛に努めたという。だが、やがて勇者国国王アレクの手によって、勇者と魔王は黄金像へと変えられ、インフェルノの平穏は取り戻された。その後、都市は闇国側・光国側と交易を行い、鉱物資源を提供することで自立した平和を維持していた。
「そういえば、あの扉の前に居座っていたフレイムドックの変異種……退治してくださったのですね」
門番Bが思い出したように言い。
我々が部屋に入ると「『勇者よ、よく来たな!』などと叫び、サラマンダーと気がつくと逃げて行き、ビッグマウスを食べ漁ってまたあの部屋に戻ってくる、始末でして……いや、本当に助かりました」
「それは……難儀されてましたね」
エリアが微笑みながら応じる。
「それで、本日はどのようなご用件でお越しでしょうか?」
「イフリート様にお会いしたく、参上致しました」
イザーナが一歩前に出て、丁寧に告げる。
「なるほど。では、我らの族長にお目通りいただき、許可を得ていただきますが……よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「エバ様もご一緒に? 」
「今日はこちらのエリアたち冒険者の付き添いという立場だ」
エバが頷いて返す。
「左様ですか。では、こちらへどうぞ」
一行は案内役の門番Bに導かれ、都市中央、マグマ鉱床の南側にそびえる「族長館」へと向かうこととなった。
火の精霊都市インフェルノは、鉱床から採れる火成石を原料に、鉄や銅のインゴットを生産する都市である。それを他国に輸出し、食料や生活用品と交換する形で経済を成り立たせていた。都市内で貨幣はほとんど用いられておらず、唯一の例外として「金」だけがイフリートへの献上品として特別視されていた。
一行は族長館の来賓室に通され、都市を統べる族長・サラマドとの対面を果たす。
「ようこそおいでくださいました。族長のサラマドです」
「久しぶりだな、サラマド。変わりはないようだな」
エバが懐かしげに声をかけると、サラマドも笑みを返した。
「お久しぶりでございます。ええ、魔族も最近は大人しく、一部の騒ぎも、こちらの冒険者の方々が収めてくださったようで、感謝しております」
「私たちは魔物を排除しただけですので」
エリアが丁重に返すと、サラマドは穏やかに頷いた。
「お礼と言っては何ですが、後ほどミスリル鉱石をお渡しします。ドワーフの職人に渡せば、きっと素晴らしい武具を作ってくれるでしょう」
「おお、それはありがたい!」
オレクが喜びの声を上げる。
「さて……イフリート様にお会いしたいとのことでしたね」
「はい」
エリアが頷くと、サラマドの表情が少し曇った。
「……実は少々、問題がありまして。イフリート様に目を覚ましていただくか、いっそ都市からお連れいただきたいのです」
「何かあったのか? 」
とエバが問う
「はい。もともとこの都市では物々交換が主で、貨幣は使わないのですが……ある闇国の交易商人が、我々の開発した携帯型ホットプレートに目をつけまして。それをきっかけに、食料などとの定期取引が成立したのですが――」
そこまで語ったサラマドが、深く息を吐いた。
「その際、イフリート様への礼として、金の延べ棒を献上してしまったのです」
「……それで、イフリートは金に魅せられてしまった、と」
エバの表情が曇る。
「はい。以来、四六時中、金の延べ棒を眺め、語りかけ、頬ずりしながら眠る始末。我々の言葉もほとんど通じず、まったく話が進まない状況です」
「なるほどな……」
エバが納得すると
「ここは、わらわに任せて貰おうかの」
そう言って前に出たのは、雅閻魔だった。
「失礼ですが、どちら様でしょうか? 」
サラマドがやや警戒した口調で尋ねると、傍らの左鬼が鋭く語気を強めた。
「こちらの御方は、雅閻魔大王様でいらっしゃるぞ! 」
「ひっ! 地獄の閻魔大王様……これはこれは、大変失礼致しました。それでは、そちらの男性は……?」
「私は天使のルシフィスと申します」
空が名乗ると、サラマドの目が見開かれた。
「大天使ルシフィス様……しかし、確か数百年前に……。あ、いえ、失礼致しました」
「大丈夫です。今の私は、そのあたりの記憶は不確かですから」
「さようでございましたか。閻魔様に大天使様も御一緒とは、これは頼もしい限りです」
「イフリートも元は地獄の番人。その生みの親ともいえる存在もおる。まずはイザーナが契約の話をし、もし態度が悪ければ、お仕置きしてもらうとするかの〜 」
雅閻魔が秘策があると提案し
「かしこまりました。では他の皆様に、は水の指輪をお渡し致します。これを身につければ、周囲の温度が快適に保たれます。明朝、イフリート様の元へご案内いたしますので、本日はこの館でお寛ぎくださいませ」
「ありがとうございます」
エリアが深く頭を下げる。
こうして一行は、金の魅力に取り憑かれたイフリートの目を覚まさせるための準備を整え、翌朝の対面に向けて、静かに夜を過ごすこととなった。




