第6話 腕前はいかほど?
「空さん、美加さん。巻き込んでしまって申し訳ない」
メイソンは深々と頭を下げた。
「空さんのスキルがあれば、まだ多くの同胞や兵士たちを助けられるかもしれない。どうか、協力してくれないか?」
「もちろん、お手伝いしますよ」
空は力強く頷いた。
「ありがとう!それじゃあ、この後ミラー城塞の中心部――ミラー城と城下町を案内しようか。空さんたちは、城塞内の地理に不慣れだろう?」
「そうですね〜」
空がそう返しながら、どうしようかと思案していると、隣から控えめな声が飛び込んできた。
「も、もしよろしかったら……お二人の実力、拝見したいのですが」
そう切り出したのはエレノアだった。
「……分かりました。いいですよ。美加もいいかな?」
「はい!大丈夫です」
「では、さっそく」
エレノアはそう言うと、二人をギルド館の隣にある訓練場へと誘った。
「まったく、あのエレノアめ……」
メイソンは小さくため息をつきながらも、空と美加の実力を見るまたとない機会に興味を抑えきれず、訓練場へと足を運んだ。
「では、お二人の職業を教えてください」
エレノアが訊ねると、空は答えた。
「私は武術家で、美加は弓使いです」
「なるほど。ではまず、美加さんからお願いしてもよろしいですか?」
「分かりました。なにをすればいいですか?」
「そこにある弓で、あの的を射抜いてください」
指差されたのは、六十メートルほど先に設置された的だった。
「了解です。それでは!」
美加はすぐに弓を構え、矢を番えると、ためらいなく放った。
――トスッ。
矢は見事に的の中心を射抜いた。
「さすがですね……しかも、まだ余裕がありそうです。もう少し距離を伸ばしてもよろしいですか?」
「ええ、構いません」
的はさらに遠ざけられ、今度はおよそ百メートルの位置に移された。
「お願いします〜」
エレノアの合図とともに、美加は狙いを定めることもなく矢を放つ。
――ドスッ。
再び、矢は的の中心に突き刺さった。
「すごい腕前ですね……マスター級の実力ですよ!」
(訓練用の弓でこれとは……すごすぎます。でもこのお二人、一体どこから現れたのでしょうか……)
ギルド登録すらされていない彼女たちに、エレノアの中で疑念がよぎる。
「次は空さん、よろしいですか?」
「ええ、構いません」
「武術家ですよね?では模擬戦形式で、一本勝負をお願いできますか? 私と」
「分かりました。やりましょう」
空にとっても、この世界の戦闘レベルを見極める好機だった。
エレノアはランクBの魔法剣士。木剣を用意し、闘技場の中央で空と向かい合う。空は素手のまま構えた。
「美加さん、開始の合図をお願いします」
「それでは――始めっ!」
空は腰を低く落とし、視線を逸らさずに構えた。一方エレノアは木剣を構え、剣先を空に向ける。
(あれ……? 対峙するまで勝てる気がしていたのに、構えを見た瞬間にまるで勝てる気がしなくなった……)
迷っても仕方がない――先手を取ろうと、エレノアが突進する。
「えいっ!」
鋭い掛け声とともに、腹部へと木剣の突きが走る。だが――
空は右足を引き、身体を右にひねって攻撃をいなす。次の瞬間、エレノアの右腕を掴み、左手で右足をすくい上げると、エレノアの身体が宙に浮かび、前転するように投げ飛ばされた。
とっさに体を丸めて受け身をとったエレノアが立ち上がる。
「突っ込みすぎて読まれやすかったかしら? ならばっ!」
今度は斬撃と突きを組み合わせ、さまざまな角度から空へと攻撃を仕掛けてくる。しかし、空はそれらを軽やかにいなし、回避しながら反撃の準備を進めていた。
やがて、攻撃していたはずのエレノアが、いつのまにか防戦一方となっていた。
(さっきまで外側から攻めていたのに、今じゃ私が中心で、空さんに囲まれてる……)
空の動きが風を巻き、渦ができ始めていた。
「まるで竜巻の中心にいるみたいで、動けない……!」
その瞬間――
「昇天波!」
「きゃあっ!」
空が右腕を天に突き上げると、渦が一気に爆発的な竜巻へと変化し、エレノアを天高く舞い上げた。
――昇天波。それは、敵の周囲を高速で回り竜巻を発生させ、動きを封じた後、熱をこめた拳でアッパーを繰り出し、竜巻の熱流とともに敵を吹き上げる技。打撃、熱衝撃、落下――三重のダメージを与える必殺技だ。
だが、空は手加減しており、エレノアにダメージはなかった。
「なにこれ……すごい技……!」
ふわり、とエレノアが落ちてくる。
空は落下点へ走り、両腕でしっかりと彼女を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「……ええ。美加さんも空さんも、本当にすごいわ……完敗よ!」
空はエレノアを優しく支え、静かに距離をとった。
「あなたたち、本当にただ者じゃないわ……まだ一部しか見てないけど、すでに英雄級の実力よ。冒険者ギルドで二位の私が、手も足も出ないばかりか、手加減までされてたんだもの」
「バレてましたか」
「さすがに分かるわよ。天に飛ばされた私を、落下点で待っててくれたんだもの」
そう言って少し俯いたエレノアは、しばらく沈黙した後、空の瞳をまっすぐに見つめた。
「あなたたちが何者かは分からない。でも……信じられる。メイソン熊を元に戻す方法、どうか手伝ってください」
「もちろんです」
空は微笑みながら、エレノアと固く握手を交わした。