第59話 トーカチ山ダンジョン 後編
エリアたちの背後を、少し遅れてエバ、空、雅閻魔、そして左鬼が追っていた。先を行く四人の安定した戦いぶりを目にし、彼らは思わず胸を撫で下ろす。
ちなみに彼らの強さは――
空:ランクSSS☆ 二・五、レベル四五〇〇。
エバ:ランクSSS☆ 二、レベル四〇〇〇。
雅閻魔:ランクSSS☆ 五、レベル九五〇〇。
左鬼:ランクSSS☆ 二、レベル四〇〇〇。
なお、一般的なランクB冒険者のレベルは五十〜七十程度。つまり、彼らには“圧倒的強者”が同行していることになる。
「どうやら、取り越し苦労だったようじゃのう」
雅閻魔が満足げに頷いた。
「なんかこう……安心感がありますよね。まるで、昔からの仲間みたいな連携で」
空がどこか嬉しそうに言葉を添える。
「ええ、確かに」
エバも微笑んだ。だがその胸の内には、言いようのない想いが渦巻いていた。
(……本来、あの四人は五代目勇者アレックスに見初められ、勇者一行となるはずだった。だが――まさか、魔王が……)
「エバ? どうかしたの?」
空が首をかしげる。
「いえ、なんでもありません。……さあ、もうすぐ最後の部屋です」
エバは微笑み、歩調を速めた。
先頭を行くオレクが、巨大な扉の前で肩を入れていた。
「よっせーい! なんだかこの扉、やたらと重いな……!」
ギイギイと扉が軋みをあげて開かれる。その先に現れたのは――
「フハハハ! よく来たな勇者たちよ! 我はフレイムドック!」
火をまとった、三メートルを超える巨大な犬のような魔物だった。通常個体が六十センチ程度ということを考えれば、異常なまでの巨大化である。
「私たちは勇者様のパーティーではないわ!」
エリアがきっぱりと否定する。
「嘘をつくな! 我は勇者を倒すためにこの地に生まれ、来る日も来る日もその時を待っていたのだ!」
魔物は怒りの咆哮を上げ、言葉を一蹴した。
「貴様たちから、不死鳥の気配を感じる。それが何よりの証! 勇者はどこだ!?」
「だから、私たちは――」
エリアの声を遮るように、フレイムドックは火花をまき散らして吠えた。
「言わぬと申すか! ならば、まずは貴様らを丸焼きにして、勇者の目の前で喰らってくれるわ!」
「姉さん!」
エレノアが身構える。
「みんな、戦闘態勢! エレノア、アイスバリアを!」
「アイスバリア!」
冷気の障壁が仲間を包み、炎への耐性を高めていく。
「ほう、冷気使いがいるか……相手にとって不足なし!」
「こやつを誘引するぞ!」
オレクが前へ出て、魔物誘引スキルを発動する。
「デオドラント!」
イザーナがとっさに消臭魔法を唱え、誘引の匂いから仲間を守った。
「くっさ! なんだこの臭いは……」
フレイムドックにはオレクの誘引が効かなかったようだ。
「む? 誘引が効いてないか……?」
首をかしげるオレク。
「貴様か!? この魚の腐ったような匂いを放っているのは!」
「オレク、魔物にまで臭いって言われてるよ」
エレノアが呆れたように言う。
「むぐぐぐ……!」
「魚はよく焼いて食べるものだ! ファイブレス!」
フレイムドックの口から、初級の火ブレスが放たれる。
「くっさ! お前の火息、俺のスキルと大差ないわ!」
火力自体は大したことはなかったが、匂いのダメージがあった。
「我のブレスが通じないだと……!? 貴様、我の口が臭いなどと言ったな!」
「姉さん、なんか匂い合戦になってない?」
「……オレクに攻撃が効かないし、私たちには匂いも届いてない。なら、生温かく見守りましょう」
「お前の攻撃など通じぬ! いや、口撃は効くかもしれんがな!」
オレクは誘引が効かないと判断し、挑発へ切り替えた。
「おのれぇぇぇ!」
怒りに身を任せたフレイムドックは、体を火炎で包み、突進してくる。
「ファイノアタック!」
だが――その軌道はオレクを飛び越え、背後の仲間たちへと向けられていた。
「なんだと!」
「フフフ、貴様には攻撃が通じぬが、小娘どもなら話は別よ!」
「くっ、卑怯な……!」
「ワハハ! 一人でも倒せば大打撃! 貴様にはこれをくれてやる!」
フレイムドックは着地と同時に、お尻からオレクに向けて高圧ガス――「バックファイ」を放った。これは火属性初級防御魔法で、目に染みる火のガスと共に敵から逃れる技だ。
「ぐああああっ! 目が……目が染みるぅ!」
「フハハハ! さて、小娘どもよ……覚悟!」
フレイムドックがエリアたちににじり寄る。そのとき、エレノアの声が響いた。
「ダイヤモンドダスト!」
「馬鹿め! 我の背後にはお前らの味方が――」
「俺には効かんな。むしろ、お主の熱さとダイヤモンドダストの寒いが、一緒にきて涼しいくらいじゃわい」
「くっ、変態戦士め! うおおお!? 体が……凍っていく……!」
火をまとうフレイムドックの身体が、冷気で徐々に凍りついていく。
「姉さん!」
「わかったわ、サンピラー!」
氷の結晶が煌めく中、天から光の柱が降り注ぎ、フレイムドックの身体を貫いた。
「おのれ、こんな小娘に殺られるとは……ん?」
その最期の瞬間、フレイムドックはイザーナを見つめた。
「……一番奥の小娘……貴様の手にあるのは……不死鳥のアイテムだな……やはり……勇者パーティー……ぐふっ!」
こうして、フレイムドックは討たれ、魔石と化した。
イザーナの不死鳥は、戦闘時には背丈ほどある杖へと変化し、契約者を守る武具となる。
「少々……ヘンテコな戦いだったが、お前たちに心配はいらんな」
エバが安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「イザーナ、どうした?」
「いえ……魔物が喋るなんて、少し戸惑ってしまって」
「勇者が存在する世界では、魔物が突然変異し、知能を持つこともある。いわゆる“中ボス”と呼ばれる存在がな」
「このフレイムドックも、本来は勇者が討伐するはずだったが、討伐を免れた事で進化し、知恵を得たようだ」
「見逃した……のですか?」
「いや、どうやら勇者たちは別の出入口から内部都市に入ってしまったらしい。だから、この魔物の存在に気づかなかったのだろう」
「なるほど……」
「世界は狭いようで広い。まだまだ未知の魔物がいるかもしれない。心しておくことだ」
「はい。本音を言うと、フレイムドック……少し可愛かったので……友達になれたらって」
「イザーナ……」
エリアが呆れたように呼びかけた。
「プッ……魔物が可愛いとはな……」
エバが吹き出す。イザーナは恥ずかしそうに頬を染めた。
「いや、友達になれる魔物がいれば、それはそれでいいかもしれないな」
「はい!」
「……らしいと言えば、らしいですね。不死鳥レミーアもイザーナにすぐ懐いてましたし」
「できれば口臭のない魔物で頼むぞ?」
「オレクがそれ言うのですか?」
「消臭魔法がなければ、私たち全員倒れてたわよ」
「そこまで酷かったのか……? 俺はあの匂い割と好きだぞ……」
「……でも、みんな仲間だからな。互いの欠点をカバーし合うのが大事。さあ――その扉の先が、内部都市インフェルノだぞ! 」
エバが締めくくるように言い、エリアが皆に呼びかける。
「皆さん、行きましょう」
――こうして、中ボス・フレイムドックを倒した一行は、トーカチ山の奥深くにある都市、インフェルノの地へと足を踏み入れたのだった。




