第58話 トーカチ山ダンジョン 前編
翌朝。火の超位精霊イフリートとの契約を結ぶため、一行は天空門の屋敷に集結していた。先導するのは、かつてトーカチ山を訪れたことのあるエバ。その導きによって、全員は一瞬にして火山の麓にある洞窟の前へと転移した。
「ここが……トーカチ山ですか〜」
エレノアが目を細め、赤黒くそびえる巨大な山を見上げる。
標高三七七六メートル。東西三十九キロ、南北三十六キロという規模を誇る、円錐形の活火山――それがトーカチ山だった。山頂の火口では今なおマグマが渦巻き、時折、炎を噴き上げては岩肌を焼き焦がしている。
火山内部には「火蜥蜴人」たちの都市・インフェルノが存在し、超位精霊イフリートもそこに鎮座していた。しかし都市の外周には、かつて第三魔王カルスティンが築いた“勇者避け”のダンジョンが張り巡らされている。
このダンジョンには八つの出入口があり、都市に通じるのはそのうち二つだけ。残りは迷路のような小部屋や、都市へ辿り着けない“ハズレ”ルートだ。幸い、今はダンジョンの地図が存在しており、都市へ続く南側ダンジョンを選ぶことができる。そこは魔物の巣が点在しており、戦闘訓練にはうってつけだった。
「……暑いな」
エリアが汗をぬぐいながら呟く。
「火の精霊の地だ。それに、サラマンダーたちも火属性の民だからな」
オレクが応じた。
「サラマンダーって敵なんですか?」
エレノアの問いに、
「いや、イフリートの眷族だ。彼らは主の客人に手を出したりはしないよ」
エバがきっぱりと断言する。
「なら安心ですね……。ただし、オレクが変なスキルを使わなければ、ね」
彼女の視線がじろりと向けられる。
「そんなに変か、俺の挑発スキル……」
「変です」「ムカつきます」「臭いです」
女性陣から容赦のない声が飛び、オレクはしょんぼりと肩を落とした。
重戦士である彼の持つスキル――「挑発」と「誘引」は、本来、敵の攻撃を自身に集中させたり、匂いで魔物を引き寄せる有用なものだった。だが、オレクの場合、「挑発」は仲間ですら苛立たせるほど顔や態度がムカつき、「誘引」は魚が腐ったような悪臭を放ち、味方の鼻までやられてしまうのだ。
それでも、戦闘となれば彼の存在は欠かせなかった。オレクは前衛で敵の攻撃を一手に引き受ける“盾”役を担い、エレノアはアタッカーとして敵を討ち、エリアが中衛で指揮と防御を担当し、イザーナが後方支援を行う。バランスの取れたパーティーだった。
「イザーナは初陣に近いから、混乱しないようにな。オレクが囲まれても、まずはエレノアの動きを見て」
エバがアドバイスを飛ばす。
「分かりました!」
イザーナは力強く頷き、光魔法の《陽光兵》を呼び出し、前方を照らし始めた。
陽光兵――それは光魔法によって生み出された、直径二十センチほどの輝く球体で、周囲を照らすだけでなく、対象の顔の周りにまとわり付き、視界を妨げる効果を持つ。
《陽光魔法》にはランクがあり、
陽光兵:効果時間一時間
陽光隊長:五時間
陽光男爵:三ヶ月
陽光伯爵:一年
陽光公爵:五年
と、貴族クラスになるにつれ効果時間は飛躍的に延びていく。陽光公爵ともなると、五年間も顔の回りをウロウロされることになるのだ。なお、解除は術者の意思次第である。
トーカチ山南側ダンジョンの内部は、入り口から五キロ続く直線通路。その先には七つの小部屋が並び、火属性や火耐性を持つ魔物が多く潜んでいた。氷や水属性の魔法が有効とされる。
「お、なんか居るな……」
入口から伸びる直線の先頭を歩いていたオレクが足を止めた。
「ビックマウスですね。三匹、確認しました」
エレノアが即座に報告する。ビックマウスは体長四十センチほどで素早く動き、毒のある牙を持つ魔物。倒すことで肉や素材が得られる。
緊張が走る。
「よし、準備。イザーナ、オレク以外に消臭魔法をお願い」
エリアが指示を出す。
「デオドラント!」
イザーナの光の消臭魔法が発動し、オレク以外のメンバーの周囲から悪臭を取り除いた。
「魔物誘引!」
オレクがスキルを発動すると、盾から魚の腐ったような悪臭が立ち上る。
三体のビックマウスが匂いに引き寄せられ、オレクの大盾に飛びかかってきた。舐め、引っ掻き、まとわりつく魔物たち。その瞬間、オレクは半回転し、盾に群がるビックマウスたちを後方のエレノアの方へと向けた。
「今だ、エレノア!」
「アイスニードル!」
宙を氷の針が走り、ビックマウスたちを貫いた。悲鳴を上げる間もなく、オレクが跳躍する。
「シールドプレス!」
重い盾が勢いよく振り下ろされ、魔物たちが鈍い音を立てて潰れた。
「……他の魔物の気配はありません」
エリアの報告に、一同がほっと息をつく。
「さすが皆さん、見事です」
イザーナが感嘆の声を上げた。
「まぁ、相手がビックマウスだからな」
オレクが肩をすくめたが――
「一番の敵はあなたの誘引スキルかも」 「イザーナの《デオドラント》が無ければ……」
エリアとエレノアの冷ややかな追撃に、オレクは再び肩を落とす。
それでも、その表情にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
勇者を待った五年もの間――いや、もっと長い時を一人で戦ってきた彼にとって、仲間と共に戦い、自分の力が誰かの役に立つという実感は、何よりも温かいものだったのだ。
「さあ、次へ進みましょう」
エリアの声に、一行は再び歩を進めた。
こうして、イザーナたちのダンジョン探索は順調な滑り出しを見せたのだった――。




