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天空門のルシフィス  作者: かみちん
惑星イオ 光国編
53/101

第53話 ハリア・エレバンの誤算

キールたちが北東樹海のアジトへたどり着いて間もなくのことだった。

 五名の第一師団兵士たちが、馬と馬車に揺られながら、シールド城塞の正門をくぐった。顔には疲労と恐怖が浮かび、ただならぬ気配を漂わせている。


 彼らの任務はただ一つ――イザーナ皇女が魔獣に攫われたという、信じがたい報せを皇太子ハリア・エレバンに伝えることだった。


「ハリア様! イザーナ皇女の護衛をしていた兵が、血相を変えて戻って参りました!」


 近衛兵の報告に、静まり返っていた執務室の空気が一変する。


 皇太子ハリアは机に向かい、書類を読みながら落ち着いた声で応じた。


「そうか。通せ」


 声音には波風一つなかったが、その内心ではすでに、ある程度の展開を読んでいた。


(思ったより早かったな……だが、ハジメの町からなら妥当か。ふん、キールたちも悪くはない。後で少しばかり褒美でも取らせてやるか)


 ハリア・エレバン。

 エレバン帝国皇太子にして若き戦士。二十代前半、金髪の短髪に小麦色の肌を持つ、がっしりとした体格の男だ。

 戦場では剣を振るい、宮廷では策をめぐらす。正義を重んじながらも、欲にはやや脆い一面を抱えた、実に人間らしい皇子であった。


 やがて、護衛の兵士たちが通され、最前に立った一人が息を荒げて叫んだ。


「ハリア様っ……た、大変です!」


「なんだ、騒がしい」


 ハリアの眉がわずかにひそめられ、部屋の空気が張り詰める。


(……ふむ。こいつらからは下級悪魔の影は感じられんな。となれば、イザーナが“事故”で死んだ際、憑依が強制的に外れたか? だとすれば――)


「イザーナ様と、護衛のエリア様が……魔獣に攫われました!」


 その言葉に、ハリアは椅子を跳ね飛ばすように立ち上がった。


「なんだと? 殺され……攫われた……だと?」


「はっ! 巨大な魔獣がイザーナ様を咥え、エリア様を背に乗せて、北東樹海の方角へ飛び去っていきました!」


「キールたちは? 現場にはいたはずだ!」


 机を叩き、鋭い視線を向けるハリア。怒気が露わになる。


「はい、キール一行は即座に魔獣を追い、北東樹海へ向かいました。我々には、ただちにハリア様へ報告をと……」


 ハリアは顎に手を当て、しばし思索に沈んだ。


(……なるほど。時間の流れは合っている。キールたちは予定通り現場におり、イザーナもエリアも確かにいた。兵たちも、その場を目撃している。そして魔獣――? 人を二人も連れて空を飛ぶなど、この光国には存在しない魔物だ。ならば、闇国の関与か……)


「お前たちとキールの他に、現場には誰がいた?」


「いえ、我々のほかには……」


「商人たちとかは?」


「申し訳ありません。魔獣が現れた時、我々は何かの衝撃で意識を失いました。目が覚めた時には、キールたちが既に応戦しており……イザーナ様は……空へ……」


 兵士の声が震える。


(……辻褄は合うな。兵士たちに憑いていた悪魔は、魔獣の出現で逃げた。商人は恐怖で逃走。キールたちは応戦した……だが、なぜ魔獣はイザーナとエリアを攫う? そこが読めん)


(それに……キールたちの実力で魔獣に勝てるはずもない。Aランクに格上げはしたが、実態はせいぜいCだ。全滅は時間の問題。むしろ――証拠が消えて好都合)


 ハリアは頷くと、声を張った。


「……よし。これより、イザーナ皇女救出のための部隊を編成する!」


「はっ!」


「第一師団より、二千を動員せよ! 必ずイザーナを救い出すのだ!」


「了解しました!」


「お前たちは下がれ。伝令の任、よく果たした」


「ありがとうございます!」


 そう労いながらも、ハリアの脳裏には冷徹な計算が巡っていた。


(この件でこいつらを処罰する理由はない。だが、後に捜索部隊へ合流させ、都合の良いときに“処理”すればよかろう)


(イザーナを救出できれば民衆の喝采を得る。死亡が確定すれば追悼の英雄として支持を集められる。どちらに転んでも、損はない)


 翌日、捜索の先発隊百名が密かに出発した。その一部には、万が一イザーナやキールたちが生存していた場合に備え、“処理”を行う暗殺部隊が含まれていた。


 本隊は、表向きには精鋭の救出部隊として、五百人単位で一週間後より順次投入される手はずとなった。


「ハリア様、先発隊が出発致しました。本国への報告は――?」


「折を見て、私から伝える」


「かしこまりました」


(ふん……一ヶ月も捜索させれば充分だ。処理部隊とすれ違っても、最悪生き延びて戻ってきたところで、ゴブリンに襲われたとでも言えば済む。記録も証言も、すべて――消せる)


 しかし、ハリアは知らなかった。


 すでに“本物のイザーナ”は天空門に保護され、彼の目論見の全てを知っていたということを。


 彼がいま動かそうとしている捜索計画は――

 偽りと錯覚に基づく空虚なものに過ぎなかった。


 その裏で、皇帝への緻密に組み上げた計画は、静かに、だが確実に崩れ始めていたのだった。



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