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天空門のルシフィス  作者: かみちん
惑星イオ 光国編
51/101

第51話 キールと愉快な仲間たち

ハジメの町近郊の野営場での事件から二週間が過ぎていた。


 季節外れの霧が立ち込めるある日。北東樹海の東に位置する、苔むした岩場の奥深く。キールたち一行は、ようやく自分たちの隠れ家へと帰還していた。風の音も届かぬ静寂の中、彼らの足取りだけが響いていた。


「ふぅ……やっと着いたな」


 先頭を歩いていたキールが、重たげに肩を上下させながら額の汗をぬぐった。数十日間の移動とハリアの密偵が追跡している可能性がある事の恐怖が、彼の疲労に拍車をかけていた。


「結構キ、キョリありましたからね〜」


 肩に荷物をぶら下げたガレスが、能天気な口調で返す。彼の息も少し上がっていたが、どこか旅の達成感を楽しんでいるようだった。


 キールは顔をしかめ、眉間に深いしわを刻む。彼の目が、迷彩魔法によって隠された小さな洞窟の入口へと向けられた。


「……あの妖狐とポン吉がいなければいいんだがな」


 低く唸るように呟くと、キールは洞窟の中へと足を踏み入れた。


 この洞窟はかつて、第三魔王カルスティンが建設させた未完成のダンジョンであった。広さは乏しいが、複雑な魔法によって外部からの発見は困難であり、まさに潜伏に最適な場所だった。


 薄暗い通路を抜け、彼らは奥にある広間へとたどり着いた。だが、その光景を目にした瞬間、キールの表情が凍りついた。


「……なんでいるんだよ」


 広間は、以前よりもきれいに整えられていた。中央の座敷には、妖艶な雰囲気をまとった妖狐と、どこか関西弁まじりの妙な口調の狸――ぽん吉が、まるで自分の家のようにくつろいで座っていた。


「遅かったのう〜」


 妖狐がにやりと笑いかける。扇子を手に、余裕綽々の態度だった。


「ホンマやで〜、待ちくたびれたわ」


 ぽん吉も呑気にあくびをしながら相槌を打つ。


「くっ……お前ら、まだいたのか」


 キールは思わず舌打ちした。苛立ちを隠そうともしない。


「当然やろ? お前らの監視役、任されとるんやで」


 妖狐は扇子をひらひらと煽ぎながら答えた。


「せやせや〜」


 ぽん吉もにやけた笑みを浮かべたままだ。


 

その瞬間、キールの目がギラリと光った。彼の脳裏に、邪な考えが浮かぶ。


(こいつら二人か……こっちは六人。いっせいにかかれば、あの妖狐を押さえ込むことくらい……)


 彼の表情には、下卑た笑みが浮かんでいた。その気配は他の仲間たちにも伝播し、一気に場の空気が殺気立つ。


「へへっ……妖狐とやら」


 キールが、唇を吊り上げながら口を開く。


「なんや?」


「お前ら二人しかいねぇんだ。この状況で、あんたらの言うことを聞く義理はねぇな?」


 しかし、妖狐はまるで意に介した様子もなく、あくびを一つ。


「当然や。言うこと聞かんかったら、操り人形にしたるだけやし?」


「そうかい……だったら——行くぞ!」


 キールの叫びを皮切りに、六人は一斉に躍りかかった。鋭く響く足音、振り上げられた拳。その全てが、妖狐とぽん吉に向けて放たれた。


「クソダヌキから始末しろ! 妖狐は生け捕りにしろ!」


「ヒャッハー!」


 仲間たちの歓声が、洞窟内に響き渡った——が。



「まったく懲りん奴らやな」


ぽん吉が立ち上がり、軽く手を叩いた。


「気をつけっ!! 」


 その一言で、六人の体はピタリと止まった。まるで操り人形のように、全員が直立不動の姿勢を取る。


「なっ……なんだ……?」


 キールが動かない体の中で呟く。


「ほんま阿呆やな」


 妖狐がため息交じりに言った。


「お前ら、自分らが“アイアンメイデン改”装備してるの、忘れとったんか?」


「……あっ」


 キールの顔から、血の気が引いていく。


「お前らは今、閻魔様から“執行猶予”を受けとる身や。つまり、逆らったら罰が下るってこっちゃ」


 背筋に冷たい汗が流れる。身体は動かず、口も思うように開かない。唯一、自由なのは——思考だけ。


「こりゃ〜お仕置きが必要やなぁ。なあ、ぽん吉?」


「了解や。横隊、整列〜!」


 言われるがまま、キールたちは横一列に並んだ。表情を失い、機械のように並ぶ姿は、もはや人間というより“物”に近かった。


「更生モード、レベル4やな!」


 その宣言と共に、彼らの身体はさらに深く拘束されていく。



【〈アイアンメイデン改・更生モード〉】


レベル1:発言に下品な言葉が使えなくなる


レベル2:発言がすべて敬語や丁寧語になる


レベル3:発言制限に加えて体の動きにも制限が加わる


レベル4:発言・行動不可、思考のみ自由


レベル5:思考すら許さない完全操り人形状態


「さて……この状態じゃ、もう好きにはさせへんよ」


「どないします、妖狐はん?」


「そやな……まずキールが“一番”、ガレスが“二番”。あとの四人は“三番”から“六番”や」


「三〜六番、洞窟の奥で拡張作業や! がんばりぃ!」


「了解いたしました」


 無機質な声が返り、三番から六番の四人は、無表情のまま奥へと歩き出した。


「一番と二番は、ここでゴブリンたちの手伝いでもしとき。掃除に洗濯、料理やら、なんでもやるんやで」


 キールの心がひきつる。


(まさか、ゴブリンと……!?)


「ギギ……妖狐様、この二人、同族を殺した臭いがする。殺ってええか?」


「閻魔様の許可が出るまではアカン!」


「了解。閻魔様の言うこと、絶対」


「ただし、ちょっとした嫌がらせくらいなら、うちは見んことにするわ。あとは任せるで」


「ふふ……ついて来い、一番、二番」


 ゴブリンの笑みが、暗がりの中で光る。無抵抗のまま、キールとガレスはゴブリンたちの後を歩いていった。


 自分たちのアジトが、彼らを縛る“更生施設”と化そうとしていた。



(くっそぉ……なんでこうなるんだよ……)


 往生際の悪いキールの心の声が、虚しく自身の脳内でこだましていた。


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