第34話 商人馬車追跡 前編
空は、ミラー領からドリード王国へ向かう途中で発見した商人馬車について、リアムに報告するため天空門から彼のもとへ向かった。
リアムは空に丁寧に挨拶を返しつつ、ふと疑問を口にする。
「ムドーの話では、あの商人馬車はシールド領へ向かうはずでした。しかし……そうなると帰還が大幅に遅れることになりますね。今まで、そこまで帰りが遅れた例はなかったはずですが……」
リアムの推測では、商人馬車はドリード王国を経由し、そのまま北西に向かいシールド領へ向かう予定だった。だが、それならばミラー領へ戻るのは一ヶ月以上先の話になる。しかし、現実の動きはどうやら違っているようだ。
「もしかすると、商人馬車はシールド領へ行っているように見せかけて、どこか途中で誰かと落ち合っているのかもしれません」
そう呟くリアムの顔にはわずかな険しさが浮かんでいた。さらに、商人馬車を追っていた諜報員Cからの報告が未だにないことにも不安を覚えている様子だった。
「……現在の商人馬車の進行方向からして、あと二十日もすればハジメの町付近に達するはずです」
商人馬車が二十日後くらいにハジメの町付近に到着しそうな事をリアムから聞き。空と美加は天空門へと戻って行った。
天空門に戻った空と美加は、宮殿の裏に見慣れぬ立派な屋敷が建っているのに気づいた。その屋敷から、満面の笑みを浮かべて手を振る男がいた。
「空さ〜ん!」
呼びかけたのは、開発担当のエリックだった。
「これは……ずいぶん立派な建物だね」
空が驚きの声を上げると、エリックは鼻を高くして説明を始めた。
「物理防御は無視の、いわばデザイナーズ屋敷ですよ!五階建てで、正面右が女性用、左が男性用の部屋。そして屋上の特別室は、もちろん空さんの部屋です!」
「ありがとう、エリック」
「いえいえ、天空門の街づくりはまだまだこれからですからね!」
エリックは軽快に笑いながらミアの研究所へと足を運んでいった。
空と美加が屋敷に入ると、そこでは下位天使たちが恭しく迎えてくれた。
「お帰りなさいませ!ルシフィス様、ミカイル様!この屋敷の管理は我々がいたしますので、なんなりとお申し付けください!」
天使たちは使用人のような役割をノリノリでこなしており、空はとりあえず承認してしまった。美加は一足先に自室を確認すると、ガブリールの元へと向かっていった。
一方の空は、屋上の部屋を確認した後、鬼ヶ島へと向かい、雅閻魔に下界の事情を報告することにした。
鬼ヶ島の鬼城に到着した空を出迎えたのは右鬼だった。
「これは空様、ようこそお越しくださいました」
「こんにちは、右鬼さん。雅はいるかな?」
「天守閣におられます。ご案内いたします。それと、“右鬼”と呼び捨てで結構ですよ」
「分かりました」
天守閣へ案内されると、そこには雅閻魔と左鬼が待っていた。
「空、なにかあったのか?」
空は、ミラー領の商人馬車が北西のシールド領の方角ではなく、北のハジメの町の方角へと向かったことを報告した。雅閻魔はすぐに右鬼に命じる。
「ムドーを呼ぶのじゃ」
右鬼は左手に黒いモヤを生み出し、その中へ右手を突っ込む。まるで鞄の中から物を取り出すかのように、右手を引き上げると、そこにはエプロン姿のムドーが出てきた。
「ムドーよ!」
「はっ、はい!雅様!」
食事の準備中に突然呼び出されて驚いているムドーに、雅閻魔は質問を投げる。
「お主、かつてアスモタンの命令で、ミラー領からドリード王国経由でシールド領へ食糧を運んでいたと言っていたな?」
ムドーはすぐに察し、答える。
「はい。正確にはドリード王国付近から北上し、ハジメの町の外れにある野営場でエレバン帝国からの使者を待ち、荷を渡していました。その後は、ハジメの町からミラー領への道を通ってミラー城塞へ帰っていたのです」
「ふむ、手間がかからず良いぞ」
「ありがたき幸せ!」
空は唸るように呟いた。
「野営場、か……」
ハジメの町近隣の野営場は、新人冒険者たちがよく利用する無料の野宿地帯だ。テントも無償で貸し出されており、貧しい冒険者たちにとっては貴重な安息の場でもある。そこに商人が現れたところで、誰も疑問に思わないだろう。
雅閻魔はすぐに指示を出す。
「左鬼、調査の手配を頼む」
「御意」
左鬼は、部下の佐助を呼びつけた。
「佐助!」
「ここに」
「話は聞いていたな?」
「御意!」
黒装束に身を包んだ佐助は音も無く姿を消し、ハジメの町の野営場へと向かった。
「忍者だったよ……」
驚きつつ呟く空に、左鬼は自慢げに言った。
「儂の部下でな。優秀な者よ」
雅閻魔はゆっくりと頷いた。
「これで、商人馬車とエレバン帝国の使者の動きがあれば、すぐに分かるじゃろ」
こうして、雅閻魔達もハジメの町近隣や商人馬車の追跡調査が始まった。




