第30話 ミラー領事変 終結後
地獄の主が地獄へその姿を消すと、リアムは、ほっと肩をなで下ろしメイソンへ声をかけた。
「イザベラを執務室へ連れてきてくれ。それと、カーターとレア。もう帰宅しても大丈夫だお疲れ様だったな」
メイソンが頷き、カーターとレアは指示に従って帰宅し、リアムはその場に残ると、静かに諜報員AとB子を呼び寄せた。
やがて姿を見せた諜報員Aは、顔や腕にいくつもの引っ掻き傷を負いながらも、深々と頭を下げた。
「リアム様、ご無事で何よりです。」
その痛々しい姿に、リアムの表情が曇った。罠にかかり捕らえられた者がどれほどの仕打ちを受けるか――それを思い、後悔の色が浮かぶ。
そんなリアムの胸中を察したのか、諜報員Aは一度B子に視線を送り、そっとリアムに耳打ちで事のあらましを伝えた。
リアムは思わず、B子の方を見て小さく笑みを漏らした。
「ククッ……それは災難だったな。」
その言葉に、B子は頬を赤らめ、少し憤慨した様子で返す。
「リアム様、笑いごとではありません!」
お年頃の女性が暗闇の中ロウソクの火の明かりだけで、全裸でやらしく縛られている男性を見た衝撃は相当なものだったろう。
リアムはB子に笑いすぎたことを詫びると、二人に今日の務めは終えたと告げ、秘密のアジトへ戻るよう促した。
彼らが去ったあと、リアムと空と美加は執務室に向かった。そこではルークが机に向かい、項垂れていた。
「ルーク! こっちは落ち着いたぞ。お前は大丈夫か?」
リアムの声にルークは顔を上げ、ゆっくりと席を立った。
「……大丈夫だ。」
そして空と美加へと向き直る。
「あなた様方は天使様とお聞きました。私はルーク・ミラー。女神ティオーネ様を信仰している神官です。」
「私は見習い天使、ルシフィスです。女神様を信仰してくださり、ありがとうございます。ここでは空と呼んでください。」
「私は熾天使、ミカイル。女神様を信じてくださり、嬉しく思います。ここでは美加と呼んでください。」
「……仰せのままに。」
ルークは深く一礼し、改めて空と美加に感謝を述べた。
そのとき、メイソンがイザベラを連れて戻ってきた。エミリは使用人に預けてきたという。時刻はすでに深夜を回っていた。
イザベラの無事を確認すると、ルークは少し涙を浮かべて彼女を優しく抱きしめた。
「無事で良かった、本当に……」
その光景に皆が安堵する中、イザベラの兄であるリアムだけは、どこか複雑な面持ちでそれを見ていた。
「……ゴホン。感動は分かるがな。」
ルークは慌ててイザベラから離れ、イザベラに自分の席を譲った。
気まずさを断ち切るように、メイソンが話題を変える。
「これから、どうする?」
リアムが問題点を整理して語りはじめる。
「ムドーの主、アスモタンがミラー領を狙った理由は、光鏡砲と食糧。奴は極悪魔、人間が対処できる存在ではないし、諜報員たちも動けば誘惑され、情報漏洩の危険もある。無闇にシールド領へ近づけない状況だ――」
リアムが少し考え込む、安易に空と美加に頼ってしまうのは良くない事を理解していた。
「ただ、敵わないからといって何もしないのではなく。まずはエレバン帝国ハリス皇帝にシールド領の事を伝え、私たちはミラー領の防衛をやらないといけない」
その言葉に、ルークも頷く。
「我々の領地だ。」
イザベラも力強く言葉を重ねる。
「そうです。勇者アレス様とともに魔王を封印した、あの英雄の仲間がここにいるのですから。」
「歳はとったが、まだまだやれるぜ。」
そう応じたのはメイソン。かつて、彼らは四代目勇者アレスの仲間として、第四魔王カールの封印に加勢した。
メイソン(武闘家)
リアム(レンジャー)
ルーク(神官)
イザベラ(魔術師)
それぞれの力を勇者に託し仲間と共に最強と謳われた魔王を封印したのだ。
そんな昔を懐かしみながら、会話は自然と笑顔に満ちる。
「メイソンはよく罠に引っかかって、ルークに治してもらってたっけ。」
「仕方ないだろ! 体がでかくて足元が見えにくいんだから!」
久しぶりに交わす無邪気な会話が、執務室の空気を柔らかく包んだ。
そして夜も明けようという頃、リアムが言った。
「今日はもう休もう。空さん、美加さん、長く付き合わせて申し訳ない。」
皆は一旦解散し、夕方に再び集まることとなった。
空と美加はリアムたちの過去に触れ、彼らの絆の深さを知り心を和ませながら、亜空間へ戻ると、その直後、空のもとに雅閻魔からの連絡が届いた。
雅閻魔は第五裁判所の裁判長であり、黄泉の国の王でもある。その雅閻魔が、空と美加を第五裁判所の自室へ呼び出したのだった。
空は、天空界で修行をしていた際、闇国側と黄泉の国の主神、闇の男神・オモイカネに導かれ、地獄と黄泉の国を巡るツアーに招待された経験がある。以来、黄泉の国と地獄に自由に行き来ができるのだ。
雅閻魔の部屋を訪ねると、彼女と右鬼が待っていた。
「呼びつけてしまって、すまぬのう。」
「いえ、大丈夫です。下界のことも落ち着きました、ありがとうございます。」
「うむ。それより……聞いておるぞ、亜空間。なんでも、想像すれば大抵のことが叶うそうじゃな?」
「……ええ、まあ。」
「わらわも行きたいのじゃ。」
空はしばらく悩んだ。雅閻魔たちが嫌いなわけではない。ただ、彼らは他の存在にとって畏怖の対象であり、同じ空間にいるだけで人々が恐怖に囚われる可能性があった。
だが――その心配は杞憂だった。
「他の者どもとは離れた場所に居を構えるつもりじゃ。どうじゃ?」
「……わかりました。ごめんなさい、誤解しないでくださいね。地獄の方々を嫌っているわけでは……」
「承知しておるよ。わらわたちは畏れられる存在。耐性のない者は、近くにいるだけで正気を保てなくなるからのう。」
空は亜空間への鍵を雅閻魔に渡した。鍵と言っても鉄や銅で出来た鍵では無く。小さく白く発光している魔法のようなもので普段は見えない。
「雅が認めた人なら雅から鍵を伝授する事も出来る」
と空が言うと、雅閻魔は鍵を早速右鬼に伝授して亜空間に居場所を作るよう命じた。
「ありがとな。さて、仕事じゃ。今日はどんな嘘つきが、どんな嘘をついてきて、どんな舌を抜くのか……楽しみじゃ!」
「……あはは(汗)それじゃ、戻りますね。」
空と美加は、再び穏やかな空気の漂う亜空間へと帰っていった。




