第27話 閻魔大王
床から鳥居門が出現し、黒犬の咆哮と共に現れたのは
「控えおろ〜!この方を誰と心得る〜!泣く子も黙る。雅・閻魔大王様であらせられるぞ〜!頭が高い控え〜控えおろ〜」
その名が発せられた瞬間、ムドーの背中に冷たい汗が流れ落ちた。
(やばい……やばいよ。見習い天使だと思ってたあいつが“最上位天使”ミカイルだったなんて……! 悪魔の天敵じゃないか! しかももう一人は……まさかのルシフィス! 復活していたのか!? あの青白いモーニングスターに何度殺されそうになったことか……。)
ムドーの脳裏に、魔界での記憶が蘇る。
悪魔は死しても終わらない。下界で消滅すれば粒子となり、魔界へ還る。
だが、その場所は地獄の第9階層——虚無の世界。
音も、光も、感情も、存在すら曖昧なその階層で、ただ思考だけが果てしなく漂い続ける。
誰にも会えず、誰にも触れられず、ただ孤独が心を蝕む場所だ。
(あんなところには二度と戻りたくない!)
——だがその時。
「良からぬことを考えるでないぞ、中級悪魔よ」
雅閻魔がムドーの思考をそのままなぞるように言い放った。
(しまった……思考が読まれてる!? そうだった、閻魔大王は全てを見通す存在……!)
「わらわには嘘も、隠しごとも通じぬ。……どうする、中級悪魔よ?」
(……こうなったら、生き延びるしかない!)
「は、はい! 降参します! もう逆らいません、嘘もつきません!」
ムドーは両手を挙げて降参の姿勢を見せる。
だがその瞳の奥では、逃げの一手を画策していた。
(従順を装って、生き延びる。生きてさえいれば、アスモタン様に報告できる……)
「まったく、見え透いた考えじゃのう」
雅閻魔は呆れたようにため息をつき、手を一振りした。
「左鬼!」
「はっ!」
左鬼はムドーの前へと進み出ると、右手の人差し指を天に掲げた。その指先が赤い光を帯びる。
「鬼呪印・六道輪廻——畜生道!」
そのまま指を、ムドーの額にあるデーモンコアへと突き刺した!
「ギャアアア! イテテッ……イテテテ!」
激しい痛みに悶絶するムドー。だが指が抜かれた後、コアは赤く光り、やがて平常に戻った。
「な、なにを……?」
「隙あらば裏切ろうとするお主に、地獄の呪いをかけたのじゃ」
「呪い、だと……?」
「この呪印を受けた者は、わらわに逆らえばその場でヒキガエルとなる。しかもヒキガエルのまま畜生道を無限輪廻じゃ」
(アスモタン様に報告しようとしたら、その場でカエルに……そして誰かに喰われて……魔界に帰れず、永遠にカエルに転生……!)
ムドーはついに、全てを諦めた。
「私目は……改心いたしました」
その瞳にはもう、欲も誤魔化しもなかった。
澄みきった虚無だけが広がっていた。
「では、これまでの経緯を全て話すのじゃ」
ムドーは、雅閻魔の前に跪くと、すべてを語り始めた。
「私の主は、極悪魔・色欲のアスモタン様。
アスモタン様はシールド領で皇太子ハリア・エレバンを籠絡しました。」
「そして次の標的としてミラー領が選ばれ、私が派遣されたのです」
「ルークにはハリアの推薦状を見せ、強引に参謀として入り込みました。妻・イザベラの部屋には魔物化を促す人形を置き、黒い霧で少しずつ体調を崩させました」
「妻が不治の病となり、心を弱らせたルークに下級悪魔を憑依させ、ある程度支配することに成功。そして樹海調査クエストと偽って、マンドラゴラの黒い霧で調査に来た、冒険者達を魔物にしてミラー城塞の戦力を減らしていきました」
「最終的には“魔王軍が南東樹海に潜伏している”という嘘を流布し、討伐隊を結成させ、黒い霧で壊滅させることに成功しました」
雅閻魔は眉を潜め、口を開いた。
「なにゆえ、ミラー領を狙ったのじゃ?」
「……光鏡砲が邪魔だったと聞いています。強力な光兵器で、悪魔の活動範囲を狭める要因となるからです」
「ふむ。……光鏡砲を封じるのが目的か」
その時、美加が空のファッションショーを終えて戻ってきて、雅閻魔の隣に立ち、ムドーの話に耳を傾ける。
「それと、もうひとつ……」
ムドーの声がかすかに震える。
「大量の食糧を、シールド領に送るよう命じられておりました」
「食糧とな?」
「何に使うのかは分かりません。ただ“送れ”とだけ」
「……なにやら、大きな陰謀の匂いがするのう」
ムドーは全てを吐き出し、地に伏した。
「私の知る限りでは、これが全てです。あとは、アスモタン様の右腕、上級悪魔ザイアックが知っているかと……」
「ふむ……ならば調査班を送ろうかの。左鬼」
「お任せを」
—
「ルシフィス、ミカイル」
雅閻魔はふたりを見つめた。
「このムドーは、わらわが引き取る。異論はあるまい?」
空は頷いた。「任せるよ」
美加も微笑んで答える。「任せます」
「ふむ。では、わらわたちもお主らの計画に加わるとしようぞ。悪を裁くのは、地獄の仕事でもあるからな」
「ありがとう。……私のことは空と呼んでください」
「私も、美加って呼んでください」
「うむ。では、わらわのことも“雅”と呼ぶがよい」
——こうして、中級悪魔ムドーは雅閻魔の下僕となり、南東樹海事件の黒幕が極悪魔・アスモタンであることが明らかとなった。
そして、地獄の主・雅閻魔とその従者たちが、新たに“惑星イオ”の中立都市建設計画に参加することになったのだ。




