第23話 ミラー領事変 ①
──時は、メイソンたちが亜空間へと招かれる三日前に遡る。
深い樹海を背に、リアムはルークの参謀ムドーの正体を探るべく、密かに樹海基地を離れていた。向かう先はミラー城塞。
揺れる馬車の中で、リアムは険しい表情を浮かべていた。
「たしかに……ムドーが現れてからというもの、妙なことばかりが起きている!」
そう吐き捨てるように言った彼に、御者の座に座る諜報員Aが冷静な声で応じる。
「私の知る限り、ムドーなる人物は光国側には存在しませんでした。ただ──ハリア皇太子様の推薦状があったのは事実です」
「ハリア様か……」リアムは目を細め、過去に思いを馳せる。「彼に会ったのは五年前。たしか、成人の儀の際にルーク様とともに帝国を訪れたときだったな。今はシールド城塞の防衛を任されているんだろう?」
「その通りです。今でも勇敢で礼儀正しいと評判は高い」
「だが、そのハリア様が、あの胡散臭いムドーを送り込んだとなると……」
リアムの声は次第に低く、警戒を含んでいった。
やがて馬車はミラー領の冒険者ギルド館へ到着した。
「やぁ!」
軽快な声と共にギルドに足を踏み入れたリアムを、受付にいた職員レアが深々と頭を下げて迎える。
「これはこれは、リアム様。ようこそおいでくださいました」
「樹海の様子はいかがですか?」とレアが尋ねると、リアムは少し眉をひそめた。
「まだ何とも言えない状況だ。今日は、調査に関する過去の資料を見に来たんだ」
「そうでしたか。リアム様なら、いつでも歓迎ですよ!」
レアは快く案内し、リアムをギルド館奥の書物保管庫へと誘った。諜報員Aは馬車を繋ぐと、目立たぬように屋根裏にある秘密の部屋へと身を潜めた。
その頃、ギルドの受付にはルークの衛兵が一人現れ、リアム宛ての手紙を置いて静かに立ち去った。
手紙を手に取った職員カーターは首をかしげた。
「なんか……おかしくないか?」
「なにが?」とレアが問う。
「ルーク様がリアム様に手紙を? 普段は諜報員を通すのが普通だろ?」
「そういえば……」
「しかも冒険者ギルド宛てじゃなく、直接リアム様宛てにってのも妙だ」
「まぁ……中身を見るわけにもいかないし」
「そうだけどよ、こういう時こそ危機感持とうぜ」
会話の最中、リアムが書物保管庫から戻ってくる。レアはカーターから手紙を奪いリアムに差し出した。
「リアム様、お手紙が届いております」
リアムは手紙を受け取ると、その場にいた者たちに聞こえるよう、朗々と読み上げた。
「──親愛なるリアムよ。樹海での調査ご苦労。現時点での調査内容が知りたい。明日の午前中、領主館へ来てくれ。ルーク・ミラー」
内容は、ただの呼び出しのように思えた。
「ほら、なんでもないじゃん」とレアが笑うが、カーターの表情は晴れなかった。
「いや……なんでもないとは言い切れない。なんか引っかかるんだよな……」
ギルド館内の空気は、どこか落ち着かないものとなった。
リアムは静かに言った。
「ルーク様も、相当気にしているらしいな。明日、領主館へ行くとしよう」
彼の声は、屋根裏の諜報員Aにも届いていた。
諜報員Aは、その異様さに危機感を抱き、密かに仲間へ向けた報告を残すため、秘密のポストに連絡を記した。
──その夜、リアムの自宅。
ロウソクの灯のもと、リアムは諜報員Aに向き直って言った。
「もし明日、私たちが捕らえられ、空さんや美加さんのことを聞かれたら──素直に話してくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。あのお二人は、並の天使様ではない。ムドーなど、敵とも思わないだろう。だが……油断させるためにも“見習い天使”として来ていると偽ってくれ」
「了解しました。そのように」
「お前の方が酷い目に遭うかもしれん。だからすぐに話すんだぞ」
「本来なら口を割らぬのが務めですが……明日は遠慮なく喋らせていただきます!」
「頼んだぞ」
リアムは窓の外を見つめながら、静かに心を決めた。
(ルークが私に『親愛なるリアム』と書くなどあり得ない。奴は……いや、あいつは何者かに操られている可能性が高い。ムドーも、その一味か……そして、イザベラの病も──)
彼は全てを悟っていた。たとえ罠であっても、明日、領主館に行く必要がある。
──空と美加や皆が、何とかしてくれると信じて。
夜が明け、リアムと諜報員Aは、静かにミラー領主館の扉を叩いた。




