第16話 熊解呪される
リアムは空と美加の正体が天使であると知り、胸を撫で下ろした。長年、ルークと共に頭を悩ませてきた中央国境線沿いの開発にようやく光が見えたように思えた。そして彼は、今後可能な限り協力することを心に誓った。
「それで、空さん。こちらから一つ提案があります」
そう切り出したリアムの声には、未来への確かな希望が滲んでいた。
「中立都市の建設ですが、ミラー領とドリード王国の共同開発として進めていくのはいかがでしょうか? 都市を築き、維持するには莫大な費用と労力が必要ですから」
「分かりました。協力者が多いほど、安心して取り組めますから」
空は穏やかに頷いた。
「ドリード国王への説明は、ボクに任せてよ」
ミアが胸を張って宣言する。
「そうですね。ではドリード王国側はミアにお願いしましょう。ルーク様への説明は私が行います。ただ、今は参謀のムドーの動向が気になりますので、話すタイミングは慎重に見計らいます。南東樹海地下の作業は、先に進めていただいて構いません」
「分かりました。目立たぬように作業を進めますね」
「よろしくお願いします」
リアムは少し息を整え、改めて状況を整理しながら話し始めた。
「さて、今日のまとめですが……。まず、空さんが持つ水により、魔物化の解呪が可能になったこと。次に、トーリン殿の証言から、ミラー領では食糧の輸出が止まっているはずなのに、商人たちは確かにドリード王国方面へ向かっている。そして、その食糧が目的地に届いていない。どこかで横流しされている可能性があり、それに関与しているのが、ルーク様の参謀“ムドー”であると考えられる」
「……なるほど」
空が真剣な面持ちで頷く。
「今後の役割分担ですが――メイソン殿には、引き続き樹海で行方不明者の捜索を。空さんとミアには中立都市の開発着手をお願いします。私は、失われた食糧とムドーの動向を探ると同時に、各方面への根回しを進めます」
「了解だ!」
メイソンが拳を握る。
「任せて」
ミアも笑顔で応じた。
「では、念話登録をしておきましょう。何かあれば、すぐに連絡を」
「了解!」
リアムはふとミアに目を向けた。
「ミア、食事の用意がありますが、いかがですか?」
「うん!久しぶりにちゃんとした食事ができる!スライムだったときは岩を溶かして食べてたんだよ」
「……それは大変でしたね。ライガー殿もどうぞ」
「かたじけない」
ライガーが静かに頭を下げる。
三人は並んで、基地本部の外にある食堂へと向かった。
その頃――
「俺は風呂場がどうなったか見に行くよ。空さんもどうだ?」
「ええ、行きましょう」
メイソンと空は連れ立って、トーリンとドーリが建設中の風呂場へと向かった。南東の一角に到着すると、そこにはすでに見事な風呂場が完成していた。
「お?風呂場、完成しましたぜ!」
男性用は基地内南東に、女性用は本部宿舎の屋上に建設予定で、今はまず男性用が仕上がっていた。
「随分早いですね」
「風呂場スクロールを使って設置し、排水溝をろ過装置に繋げて循環できるようにしました。浴槽の水も循環させて清潔に保てますよ」
浴槽と脱衣場を合わせた広さは十四畳ほど。天井はなく、空がそのまま見える構造になっている。ただし、上空には対魔物用の物理結界が張られ、外からは中が見えない仕組みだ。
「さあ、水を入れてみてください」
空はまず飲用の給水タンクに魔物解呪水を注ぎ、続いて浴槽にも水を入れた。ほどなくして、浴槽から白い湯気が立ち上った。
「お湯になりましたね」
「底に火魔法を仕込んでありますので、適温になります」
「さすがです」
「それでは、メイソン殿。どうぞ!」
「おう!」
メイソンは勢いよく浴槽に入り、トーリンが給水タンクから注いだ解呪水を受け取り、飲み干した。すると、彼の身体が一瞬光に包まれ――
元の姿に戻った。
「おお~!戻った!見よ、この肉体美!」
そこに立っていたのは、逞しい筋肉を誇る“熊ではない”メイソンだった。
「パワーがみなぎるぜ!」
「よかったです」
空が微笑む。
「上手くいって何よりだな」
トーリンも満足げに笑う。
こうして、その後に保護された魔物化の人々も順番に風呂場を訪れ、次々と人間の姿を取り戻していった。
翌日――
それぞれが与えられた役割を果たしながら過ごしていたある昼、南東樹海基地に補給物資を積んだ馬車が到着した。
馬車の先頭に立っていたのは、エレノアだった。
「よく来たな!」
メイソンが手を振って出迎える。
「ギルマス……! 元に戻れたんですね!」
「ああ、空さんのおかげでな!」
「よかったです……本当によかった」
「まずは、調査結果を聞こう。基地本部へ向かおうか」
「分かりました」
南東樹海での活動は新たな段階へと入り、エレノアの合流によって、事態はさらに大きく動き出そうとしていた。