第15話 カミングアウト
空たちは亜空間を抜け、南東樹海基地の西門へと姿を現した。すでに日は沈み、辺りはすっかり夜の帳に包まれている。見張りの兵士が彼らに気づき、急いで門を開いた。
「お帰り、空さん!……って、そちらは……ミアじゃないか!」
迎えに出たのはメイソンだった。熊の姿に変わっていたとは思えぬ、朗らかな声だった。
「お久しぶり、メイソンおじさん~」
ミアが無邪気に笑う。
「知り合いだったのですね?」と空が尋ねると、メイソンは頷いた。
「ああ。ドリード王国から冒険者への護衛依頼が時折あってな。その任務でミアと知り合ったんだ」
「その節はお世話になったよ。って、やっぱりメイソン熊じゃないか~!全然違和感なかったよ~」
冗談混じりに笑うミアに、メイソンは肩をすくめた。
「俺ってそんなに熊が合ってるのか……まあいい。とりあえず中で話を聞かせてくれ。何があったんだ?」
「分かったよ」
「それと、その魔獣は……巻き込まれた誰かか?」
その言葉に、傍らにいたライガーが一歩前に出て答える。
「我はかつて魔獣でしたが、空殿より“ライガー”という名を授かり、聖獣へと昇華しました」
「そ、そうか……ライガー、今後ともよろしく頼む」
「よろしくお願いいたします」
空が口を開く。「しばらくの間、ミアの護衛についてくれないか?」
「了解です、空殿」
こうして彼らは南東樹海基地の本部に集まり、今回の出来事を報告することとなった。
報告を聞いたリアムは顔を曇らせる。
「なるほど……しかし、ルーク様がドリード王国への食糧輸出を禁じたというのは信じがたい話です」
「実際、ミラー領からの食糧は入って来ておらず、我が国はティオーネ教団からの援助で何とか持ちこたえているのが現状だ」とトーリンが重々しく言う。
「商人たちはドリード王国へ向かったと言っていたが、食糧が届いていないとなると……」
「ルーク・ミラーの名で食糧の輸出を禁じると記された書状を見せられたことがあります。その時の使者は……確か“ムドー”と名乗っていました。ルーク様の参謀だとか」
「ムドーか……」
リアムはその名を繰り返し、思案に沈んだ。
「馬車はたしかに出た。だが食糧が届いていないとなれば、途中でどこかに流れている可能性が高い。調べる必要があるな」
「何か裏がある気がしてならねぇな」とトーリンも険しい顔になる。
「こうして事情を知れたのは幸運でした。空殿がいなければ、我々はまだ洞窟でスライムのままだったでしょう」
「それと空さん、魔物化を治せたって本当か?」とメイソンが目を見開く。
「偶然なんですが……今持っている水が、魔物化解呪に効果があると分かったんです。詳しいことは聞かないでください。ただ、身体を浸しながら飲めば元に戻れます。ね? ミア」
「うん! ボクもスライムだったけど、この水で治ったんだ」
「そうか、それなら風呂場を用意しなきゃな。俺も早く戻りたい!」
「風呂場か。任せてくれ、すぐ作れるぜ」とトーリンが名乗り出る。
「助かる! 道具なら外の兵士に聞いてくれ」
「ドーリ、行くぞ!」
こうしてトーリンとドーリは風呂場作りへと向かった。
その後、リアムは静かに口を開いた。
「さて……次は地下に中立都市を開発するという話ですが……。樹海や国境近くの開発は、魔物や魔族の襲撃で破壊されやすく、常に悩みの種でした。しかし、ミアの提案とはいえ、地下に都市を築くという発想……しかも、それを実現可能と言い切る。あなたはいったい、何者なのですか?」
リアムは、突然現れてはあらゆる問題を解決し、常識を超えた力を見せる空に疑問を抱かずにはいられなかった。
空は静かに頷き、覚悟を決めた表情で言った。
「聞かれたら答えるつもりでした。私は天使です。女神ティオーネ様の特命を受け、この地に降りました。女神様の願いは――人間、エルフ、ドワーフ、亜人、そして魔族が協力し合い、中立都市を作り、共に運営することです」
これまでのメイソンやリアムたちの言動から信頼に足ると判断し、ついに空はその正体を明かした。
リアムは深く頷いた。
「……なるほど、天使様でしたか。あの力にも納得がいきます。では、美加さんも?」
「はい。美加も天使の一人です。ただ、彼女は都市建設というより私の護衛役ですね」
「分かりました。このことは、主要なメンバーにのみ伝えましょう。なるべく、お力を借りずに済むよう努力します」
メイソンがにっこりと笑う。
「さすが、俺の友人だ。理解が早い」
「……あなたは事の重大さを理解していないだけでしょう? これは世界を一変させる計画ですよ?」
「細かいことは気にすんな! 直感で生きるのも大事さ。俺は空さんと美加さんを信じてる。それで十分だ!」
リアムは思わずため息をついた。
「まったく……あなたという“熊”は……」
「熊はもうすぐ人に戻るぞ〜!」
一同が笑いに包まれる中で、リアムは改めて心に誓った。
――この空と美加という天使たちに出会えたことは、我々にとって希望だ。
今度は我々が、彼らに協力する番なのだ。