第10話 南東樹海調査2日目
南東樹海基地は初日にほぼ完成し、空はその基地本部の三階に設けられた宿舎で一夜を明かした。翌朝――美加が起こしに来てくれて、南東樹海調査の二日目が始まる。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日から南東樹海の本格的な調査ですね」
「そうだね。冒険者や兵士が見つかってくれていると良いのだけど」
「昨晩、一人発見したみたいですよ」
「そうか、それは良かった」
そう話しながら、空と美加は三階から一階へと降りていった。すると、基地本部の外から何やら大きな声が響いてきた。
「いや~良かった!ワイアット、生きてたんだな!」
「ギルマス~怖かったですよ~」
どうやらメイソンと誰かが再会を喜んでいるようだった。現場に近づくと、そこには熊と魔物イボブーが抱き合っている姿があった。
イボブーとは、猪と豚の中間のような魔物で、惑星イオに広く出現している。食用としても知られている魔物だ。
「……あー、えーと、おはようございます」
「おお!おはよう、空さん。こいつは昨晩、基地の北側をウロウロしていて、俺の名前を呼んでいたからすぐ保護した。冒険者のワイアットだ」
「お初にお目にかかります。冒険者のワイアットです。今はこんな姿ですが、以前はギルマスとパーティーを組んで戦士職をしてました」
「初めまして、空と申します。こちらは美加です」
「初めまして、美加です。よろしくお願いします」
「いや~話は聞きました。お二人のおかげでギルマスが助かり、そして私の体も平常を保てるようになったと感謝しています」
流暢に話すイボブーに、空をはじめ周囲の者たちは一様に違和感を覚えた。しかし空は努めて自然に話すよう心がけた。
「良かったです。後で何があったか、聞いても良いですか?」
「もちろんです」
「じゃ、基地本部内に行こうか」
「分かりました」
そのまま一行は作戦会議室へと移動した。そこにはメイソン、ワイアット、リアム、空、美加、そしてもう一人の冒険者の男がいた。さらに天井には、隠れていた諜報員Aの姿もあった。
イボブーの姿となったワイアットが、当時の状況を語り始めた。
「魔王軍が潜伏している場所に向かいあの日私は先発隊の中にいた。作戦は南東樹海で潜伏している魔物を冒険者が五番出入口の外に誘き出して、魔物が樹海から出て来た所を各個撃破せよとの事で、ミラー領の兵士の方は全部で二百人で五十人ずつ四列に横並びしていました。私達冒険者は全部で五十人で囮役十人で魔物や魔族を兵士達の前に誘き出す役目、残りは兵士達の左右と後ろで臨機応変に対応するという陣形だった。
作戦は順調で次々に誘き出されて樹海から出てくる魔物を討伐していきました。
その後魔物の数は減少していき魔王軍は撤退しつつあると判断されて、夜になる前に掃討戦へ移行するべく直ちに南東樹海の奥へ突撃せよ!とのことだった。
近年稀に見る大規模な戦闘だった事もあり押せ押せムードであの時の皆は夜の樹海内で不利な戦いになることも忘れ、意気揚々と樹海奥に向けて突撃を開始していた。そして夜になり討伐の速度が遅くなった途端あちこちで悲鳴が上がるようになった。おそらく待ち伏せにあった兵士達がいたのでしょう。
私達冒険者は夜になったという事で十人一組で行動して皆付かず離れず行動出来たことで負傷者を出すことなく夜更けを迎えました。
ギルマスが朝援軍に来る事を聞いたので冒険者達は樹海の奥から少し戻り五番の出入口から五百メートルくらいまで戻って来ました。
そして休憩を取り携帯食を食い終わる頃朝になり、遠くからギルマスの声が聞こえて皆ギルマスの声がする出入口方向へ歩きだした時、樹海の奥から黒い霧が結構な早さで立ち込め視界が黒い霧に覆われた後しばらく気を失っていた見たいで目を開けたらこのイボブーの姿で猛然と走りまくっていました」
話を終えたワイアットに、リアムが問いかける。
「他の動物とかは見ましたか?」
「ああ。ウサギ、リス、鹿、キツネ……いろいろ見た。ただ、それが普通の動物なのか、私のように変身した人なのかは分からなかった」
「なるほど。やはり、冒険者や兵士たちは動物や魔物に変えられている可能性が高いですね」
「そうだな。とりあえず見つけた動物や魔物に片っ端から声をかけて保護していくしかない」
「それなら、私も樹海探索中に見かけた動物や魔物を転送します。基地に檻など、用意できますか?」
「分かった。用意しておくよ。檻に入ってくる動物の対応は俺がやる。野生動物は必要な分以外は逃がさなきゃならない」
「では、収監用の檻の作成後、メイソンは転送対応。空さんと美加さんは西側の調査を。私は北側を調査、兵士たちは東側を。ワイアット君は目印の首輪を着けて、少し休んでくれ」
「了解!」
こうして、リアムの指揮のもと、それぞれの持ち場へと移動することとなった。
空と美加は基地西側の見張り台に登り、準備を始めた。
「まずはここから回収作戦を始めるよ」
「わかりました」
空はグラビティビットを十個用意し、基地から西に扇状に展開。さらに、吸い込み口とは逆の“出口”となるホワイトビットを基地に設置した。
開始からおよそ二十分、ホワイトビットから次々に動物や魔物たちが現れ、檻に収まっていった。メイソンがそれぞれに話しかけ、選別を行っていた。
しかし、二時間ほど経過しても、変身した人間は確認されなかった。
「いないですね……」
「そうだね。時間も経っているし、闇国側へ行ってしまった人も多いかもしれない」
「そうなると、見つけるのは困難ですね」
「ん?」
「どうかしました?」
「西に、神聖力が異様に高い場所がある。中央国境線のすぐ近くだ」
空のグラビティビットにはカメラ機能もあり、現地の様子を映していた。
「それはおかしいですわね。あんな場所に神官がいるはずもありませんし」
「それに、マンティコアかキメラも見える。住み着いているのか、何かを守っているのか……ちょっとわからないな」
「気になりますね」
「見に行ってみよう」
「わかりました」
空と美加は、南東樹海基地の西に広がるダイセツマウンテンとトーカチ山の間へ向かうことにした。
「メイソンさん」
「空さん、どうした? 休憩か?」
「西に気になる場所があって、無空間の結界の外側なんです。ちょっと見に行ってきます。ついでに結界を設置して範囲も広げておきます」
「ふむ……気になるもの?」
「まぁ、大したことないとは思いますが、一応確認しておきたくて」
「わかった。帰ってきたら、話せる範囲でいいから教えてくれ」
「ありがとうございます。じゃ、行ってきます」
「おう!」
空と美加は、静かに、そして慎重に、その異様な神聖力の源を目指して、森の奥へと足を踏み入れた――。