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チラシの裏の裏には書けない  作者: 吉田 晶


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2025.3.27 湘南しこふみ夫人の個人レッスン

 気がつけば、目の前には湘南の海が広がっていた。

 オフシーズン、それも平日の昼間であるから、人は少ない。


「踏める! ここなら警察を呼ばれずに四股が踏めるぞ!」(CV.古●徹)


 私は砂浜に飛び出すと、靴を脱ぎ、裸足になった。


 心の中のマダム・シコフミが語りかける――


lesson(レッスン)1! 

 大地からエネルギーを吸収するような気持ちで、深く息を吸って!」


 ヒュオオオオオオオ……


「lesson2! 

 吸った息を、お腹に回すようにイメージしてごらんなさい。わかる? 

 呼気が納まったところが身体の中心点、全身の体重をそこにゆだねるの!」


 ズンッ!

 ……おいおい、なんてこった! 体の安定度が段違いだぜ!!


「lesson3! 

 今の状態なら、少々バランスが崩れても転ぶようなことはないわ。

 股関節を痛めない程度に、片脚を上げてちょうだい!」


 ブワァァァァ……(片脚を上げる音)


「lesson4! 

 脚をおろすとき、力を入れる必要はなくてよ……

 自分の体重と地球の引力、遠心力をシンクロさせて……今よ!」


 ドゥン……!


「揺れた! 今、大地が揺れたよ!」

 私がそんな歓声を上げると、マスターシコフミは、おごそかな口調で言った。


「いけない……そこで慢心してはだめ……

 無心よ……無心になって四股を踏みつづけて!」



 ちょうどそのときだ。

 少し離れたところから、ワイワイキャッキャと声がした。


 反射的に目をやると、それは、制服姿の高校生カップルであった。


 平日の真っ昼間、どうしてこんなところに高校生が……?


 考えるまでもない。


 どうせ学校をサボって、「恋の火遊び(アバンチュール) In湘南」を満喫していやがるのだろう。


「リア充、滅ぶべし。慈悲は無い」

「誰だ今の」


 それにしてもまあ、彼らの初々《ういうい》しいこと初々しいこと。

 私は、四股を踏むのも忘れ、小さな恋の行方を見守っていた。


(じれってえ、じれってえなあ……手ぐらいさっさと握っちゃいなYO!

 よしいけ! ほらいけ! ……って少年ボーイ!? 

 どうしてッ、そこでッ、手を引っ込めるんだYO!!

 ん? お、お、おおお! よくやった、よくやった、名も知らぬ少女ガールよ!!

 おとなしそうなカノジョのほうが、よっぽど勇気があるじゃないか!

 カレシはデレデレ笑ってないで、豆腐で顔洗って反省しいや!!)

 

 ああ、なんとすばらしい青春の1ページだろうか。


 この先いつの日か、彼らが「ワスカバジのキノコ男」みたいなZ級モンスターに襲われ、みじめな最期を迎えるとしよう――その瞬間、走馬灯のように巡る記憶の中で、きっと今日の思い出はキラキラと輝いているに違いない。


(帰り際にトンビのウ●コ爆弾でもくらって、

 その走馬灯に薄汚い1コマが追加されますように……)


 私は、そんなことを願わずにはいられなかった。


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