2025.3.26 湘南しこふみ夫人
数か月前の話である。
たまの平日の休み、昼過ぎになって布団から這い出した私は、
自分で食事を作る気力もなく、サイゼ●アに向かった。
私が席についてすぐ、テニス帰りと思しきマダムの一団が店に入ってきた。
彼女たちの声は大きい。
聞く気はなくても、話が耳に入って来る。
「○○さん、しばらく会わないうちに、随分やせたじゃない!」
「ほんとだ~? ライ●ップにでも通い始めたの?」
問われた彼女は、さも大事といったように声を潜めて、言った。
「実はね、シコ踏み始めたのよ。私」
フワッ!?
思わず横目で彼女を見てしまった。
シコとは、あの相撲の四股のことだろうか?
「えー、シコって、あの相撲の四股のこと?」
マダムの一人が、私の心を読んだかのように質問する。
「そう、相撲の四股。どすこい! どすこい! ってね」
それを聞いて笑うマダムたち。
すると、マダム・シコフミは、飲み物をごくりと一口飲んでから、
恍惚とした表情で言った。
「体重が減るだけじゃないのよ……」
「腰痛や冷え性まで改善されたわ……」
「少々食べた程度では、太らない体になったみたい……」
夫人は語る。滔々と語る。
四股の効用をこれでもかと謳い上げる。
そして――
「四股踏んだあとのビールとカラ揚げは最高ですのよ。おほほ……」
シコフミ夫人の話術は、邪悪なまでに巧みであった。
話を聞いたマダムたちは、家に帰ったあと、間違いなく四股を踏むことだろう。
かく言う私も、ペペロンチーノを食べ終わるころには、
魔獣シコースキーにすっかり頭を支配されていた。
(四股ッ、四股ッ、踏まずにはいられない!)
私は早々に会計を済ませると、いざ、四股を踏むべく近所の公園へと向かったのであった。
§ § §
公園は、親子連れでごった返していた。
母親の一人と目が合うと、彼女の頬が引きつった。
無理もない。
平日の昼間に、子供も連れず公園をうろつく成人のことを、世間では「不審者」と言う。
そんな罪の烙印を押された私が、突然、四股を踏み始めたらどうなるだろうか。
子供たちは怯え泣きわめき、その親は躊躇なく警察に通報するであろう。
私は、涙を飲んで公園をあとにするしかなかった。
§ § §
わたしゃ悲しき 四股難民
四股を踏みたし 場所は無し
ただひたすらに 歩を進め
さまよいゆくも 当ては無し
ア~ どす恋 どす恋
(次回へ続く)