2025.6.3 車遁
えー、みなさん、不審物という言葉があります。
では、何をもって不審物と判断するのか?
――残念なことに、私はその定義を知りません。
しかしそれでも、あのとき見たものは、まさしく不審物でありました。
§ § §
ある日の夕方、近所の公園の前を通りかかったときのこと。
突如、妙な気配を感じたのであります。
周囲を見回してみると、公園脇の歩道にバイクが放置してありました。
普段であれば、それを(盗難車かな?)と思ったことでしょう。
しかしそのバイクには、ちゃんとカバーがかけてありました。
あ、そこいらでよく見かけるシルバーのカバーで、それ自体におかしなところがあったわけではありませんよ。
【BGM:Theme of Agatha Christie's Poirot】
おかしいのは「歩道に放置してあるバイクにカバーがかけてある」という点なのです、ムシュー。
例えばあなたが、その……下品な例えで恐縮ですが、バイクに乗っている最中、急にもよおしたといたしましましょう。そうしてトイレを求めて近所の公園に直行、しかし、一刻の猶予もありません。
……そんな時、わざわざバイクにカバーをかけたりするでしょうか?
あるいは、15の夜にバイクを盗んで走り出した若者が、それを乗り捨てる際、わざわざカバーをかけるとでも?
ノンノン! ちょっと考えづらいですよ。
つまりこれは、事件のにおいがするのです。
――さて、そんな思いでバイクを眺めていると、驚天動地!
そいつが、まるで生き物のようにグニャグニャと、前へと進みだしたではありませんか。
それも、エンジン音のかわりに、子供の含み笑いを響かせながら……
「いっちに、いっちに……おい! あんまりおすなよ! ばれるだろ!」
カバーの中から、そんな声が聞こえてきます。
いや、バレバレですけどね、君たち。
どうやら、ガキンチョが3人ほど、バイクカバーの中に隠れているようです。
それにしても楽しそうな彼ら。何をするつもりなのか気になって、しばらく観察してみることにしました。不審物を観察する不審者とか世も末ですが、まあ、そこは置いておいて――
少年たちは、バイクというよりは獅子舞のような動きで公園の中へと進んでいきます。そして、別の子供たちの集団に接近すると、ばっとカバーを脱ぎ去り、全速力で突進していったのです。
「うおーッ!」とか、「まじかー!」と言った叫び声が上がって、そして……
「カン蹴ーった! 1! 2! 3!――」
私は、妙な感動に震えていました。
たかだか缶蹴りのために、バイクにまで擬態するとは……
その発想と行動力、実に愉快痛快。
彼らは将来、きっと大物になることでしょう。
日本の未来は、まだまだ明るい。
そんなことを思った夕暮れでしたとさ。
どんどはれ。




