2025.5.5 事故物件(後編)
さてさて、特に悪霊の妨害もなくアパートに到着。
そこは空気を読んでマシュマロマンのひとつも寄こせばいいのに。
――閑話休題
「お客様、大丈夫ですか? 気分は悪くありませんか?」
部屋の中に踏み込むやいなや、不動産屋のお姉さんがそう尋ねてきました。
(おいおい、ちょっと待ってよ。それは気遣い過剰なんじゃないの?)
いささか不安に感じましたが、小粋な不動産ジョークかもしれないと思い直し、「いえ、なんともありませんよ」と答える私。
すると彼女は、心底ホッとしたような顔で言いました。
「そうですか……ではこちらへどうぞ」
案内されたのは奥の部屋、不動産屋さんがふたたび私に尋ねます。
「大丈夫ですか? 本当に何も感じませんかッ!?」
いや、そんなに真剣な表情で聞かれても困るのですが……
今度は明らかに不吉な予感がしたので、聞いてみたのです。
「あの~、もしかしてこの部屋って幽霊でも出るんですか?」
そしたらお姉さん、必死に首を横に振って言うんですよ。
「いーえ、大丈夫です! 壁紙もすべて張り替えてありますから、大丈夫です!」
おーい、それ、答えになっていませんよ。
って言うか、なんでそんなに壁紙を強調するのさ!?
(ああ、いろいろあったのか……あったんだろうなあ……)
惨状を想像して若干引いてしまいましたが、本当になんにも感じなかったし、
なにより「相場の3割引き」ってのがあまりに大きい。
――結局、お店に戻ってその日のうちに契約を済ませてしまったんですよね。
§ § §
さて、それから数日後。
引っ越しも済んで、最初の夜のこと……
電気を消して「さあ寝るぞ」って時に、身体が動かなくなっちゃったんです。
麻酔の注射を四肢に打たれた感じとでも言いましょうか、意識はハッキリとしているのに感覚がない。
もうね、笑っちゃいましたよ。
(自分って、ホントに影響されやすいんだなあ)って。
だって、これまで金縛りにあったことなんて一度もなかったんですよ。
ところが、あんな話を聞いたとたんにこの有様。
自意識過剰にもほどがあります。
さらには、金縛り状態には陥ったものの、そのほかには何にも起きないのです。
(ピカチュウに「でんきショック」を食らうと、こんな感じになるのか……)
そんなことを漠然と考えていたら、いつの間にか朝になっていました。
体もすっかり自由に動かせます。
(こんなものかよ! ざまぁないぜ!!)
気分はすっかり完全制圧モードです。
――ところが、話はそれで終わらない。
次の日も、その次の日も、寝ようと思って電気を消すと金縛りにあうのです。
これはどうにも気味が悪い。
さあどうする? 病院に行くか?
お寺に行って厄除けのお札でも買ってくるか?
神社でお祓いでも受けてくるか?
でも「こんな所でお金を使うのはもったいない」という気持ちが勝りました。
しょせんは妄想でしょうし、実害もないから放置することにしたんです。
そうしたら、1週間もしたところでだんだん慣れてきて、眠いのか痺れているのかがだんだん曖昧になってきちゃいまして、ええ。
どうでもよくなってしまったんです。
ああ、もしかしたら、今でも続いているのかもしれませんね、金縛り。
まったく気になりませんので、もはや確かめようもありませんが……
どんどはれ(?)




