2025.4.27 毛布を巡る冒険(前編)
ずっと、毛布はクリーニングに出すものだと思っていた。
お値段はだいたい2,000円くらいだから、安くはない支出である。
あるとき、毛布はお風呂で洗うことができるという話を聞いた。
浴槽に毛布をぶち込んで、足で踏んで洗うのだとか。
「なにそれ~、チョー簡単じゃ~ん。
浮いた2千円で、回るお寿司でも食べに行こうかしら。
うっほほ~い!」
あさはかな私は、すぐにそんなふうに考えた。
賢明な読者諸君は、もう察しがついていることだろう。
無論、待っていたのはデスマーチである。
§ § §
後先考えずに、とりあえず毛布を風呂場に持ち込んだ私。
【手順A 浴槽に毛布を突っ込んで洗う】
ここまでは問題なく終わった。すすぎも十分、さて、次の手順は……
【手順B 洗い終えた毛布を浴槽の縁にかけて水を切る】
―――さあさ、お待ちかね、問題発生である。
我が家のチープなユニットバスには、毛布を掛けるだけの高さが備わっていなかったのである。
しょうがないので、己が手と足を使って必死に水を絞る。
けれども、大量の水を吸い込んだ毛布からは、無限に水がしみ出てくる。
それはあたかも、太古より枯れぬ高原の石清水。
30分ほど格闘したが、らちがあかないので、もうそのまま干すことにした。
あとは太陽と風が何とかしてくれるだろう。ビバ大自然。
――ところが、ここでふたたび問題発生である。
脱水が不十分な毛布を、ロールケーキのようにくるくると丸め、いざ持ち上げようとしてみたら……
(あ、やべえぞこれ、めっちゃ重い!)
(体感的には10㎏入りの米袋より重い!!)
そんな大物を両手で抱え、必死の思いで運ぶ私。
腕はともかく、腰が悲鳴を上げている。
今なら「3FREEZE」を食らった吉良吉影の気持ちがよくわかる。
(あとちょっと、あとちょっとで物干し台のあるベランダだ……)
――ここで三度目の問題発生である。
そのときの私ときたら、ボッティチェッリのヴィーナスのごとく、生まれたままの姿であったのだ。ワ~オ♡(例の効果音)
そういう趣味ではない。
風呂場で全身を使って脱水作業をしていたのだから当然のことだ。
さすがの私といえども、全裸でベランダにでる度胸はない。つまり、毛布を干すためには、いったんそれを手放して両手を空け、服を着る必要がある。
念のために断っておく。
私の住むアパートの一室は、狭い。
10歩も戻れば風呂場である。
「風呂場に戻って毛布をいったん置いてくる」
それこそが、賢者の選択であったに違いない。
しかし、戻ることはできない。
腰の具合が限界であったからだ。
方向転換などしたら、ポックリ逝ってしまわれるだろう。
とっさの判断で、毛布を床に放り出す。
大急ぎで服を着ている間にも、毛布は床をじわりじわりと濡らしていく。
泣くな! 悲しみは両足に込めて、己を支える礎とせよ!
着衣完了!
慌てて毛布を抱え上げれば、こんどは、着ていた服が水分に侵食される。
一刻もはやく手離してしまいたいが、重い。とにかく重い。
おまえは子泣き爺かよッ! ってくらい重い。
なんとか干し終えたころには、着ていた服はすっかりびしょマリ状態(※)。
目的は達成したものの、徒労感がすさまじい。
さらにはこの後、あたり一面に飛び散った水を拭き取る作業が残っている。
(毛布のクリーニング代2,000円って、妥当な額かもしれないなあ……)
――これが、去年の話である。
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※びっしょびしょだよマリコちゃんの略……エピソード「圧」を参照




