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チラシの裏の裏には書けない  作者: 吉田 晶


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2025.4.25 スコップ

「センセー、センセー、質問!」


 厳粛な雰囲気を切り裂いて、声を上げたのはМであった。

 小学生の頃からバリバリのリーゼント、中学校の卒業式ではたった一人、特攻服で参加して伝説を残すことになる「ヤンキー」である。

 彼は、下卑た笑いを浮かべながら言った。


「ホルモン(掘るもん)って、スコップのことっスか。へっへっへ」


 それを聞いた先生は、馬鹿でっかい溜息を一つついて、言った。


「アンタさあ……こっちだって、こういう授業はやりづらいわけよ」


 その口調は穏やかで、笑顔であった。

 しかし、明らかに目が死んでいる。


「言ってる意味、わかるよね? ちょっとは協力しなさいよ」


 するとどうしたことか、Мは小声で一言。


「あ、すンませんでした」


 後にも先にも、Мが大人に謝っているのを見たのはそれが初めてだった。



              § § §



 いやあ、あのときの教室の緊張感ときたら、すごかったなあ。


 私が中学生だったころの話なんですけどね、その日の保健の授業は、いわゆる

「性教育」だったのでございます。


 往年のドラマ「3年B組金八先生」では、「性教育」の授業を巡ってパニックが起きたことがありましたが、現実ではそんなことはありませんでした。


 逆に、授業中はえらく静かだったのです。


 何と申しましょうかね……


 家族とテレビを見ていたら、()()()()シーンが出てきて、なんとなく気まずい雰囲気になる――それに近い感覚だったように記憶しています。


 今はどうだか知りませんが、当時は高校受験において「内申点」というものがとても重要でした。

 自分の中学校の先生方は、「授業に積極的に参加する態度を評価に加点する」

と明言していましたから、成績のいい連中は授業中に、ガンガン発言して点数を稼ぐのが常だったわけです。


 けれども、この「性教育」の授業においては、そういうのが一切無し。


 保健室の先生が教科書にそって淡々と授業を進めるのを、みんな黙って聞いているだけという、実に不思議な時間でした。

 当時はまだ「空気を読む」なんて言葉はなかったですけど、クラスの誰もが、

「うかつに発言したらヤベえ」って空気を感じ取っていた――そんな気がします。


 しかし、冒頭で描写しましたように、ヤンキーのМだけは通常運転だった。

 あの発言は、いつものように授業妨害のつもりだったのかもしれません。

 あるいは、気の利いたことを言ったつもりだったのかもしれません。


 どちらにしろ、Мの発言に対して先生が、「つまらないことを言うな」などと説教していたらどうなっていたか?

 彼は、キレ散らかすか、教室から飛び出していたでしょう。


 しかし、そうはならなかった。


 かの赤い彗星、シャア・アズ●ブルはこんな言葉を残しています。

「学校は舞台、誰しも一役を演じなくてはならぬ」

 

 保健室の先生は「教師」という役割を、Мは「ヤンキー」という役割を

(そして吉田は「陰キャのオタク」という役を)割り当てられていた。


 ただ、たまたまその日は特異な状況で、先生が「教師」の仮面を外し、素をさらけ出してしまった。それゆえМも「ヤンキー」としての演技を続けることができなくなってしまった――


 今になってみると、そんな気がするのですよ。


 あ、特にオチなんかはありません。


 ニコニコ動画で「カミーユが最初から精神崩壊していたら」というMAD作品を見ていたら、ふと、そんなことを思い出しただけですから。


 どんどはれ。

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