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チラシの裏の裏には書けない  作者: 吉田 晶


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2025.4.24 ぶれいんすきゃん

 私が社畜として疲れ果てていたころの話。

 あまりにうっかりミスが多いので、脳ドックを受けることにしたのです。


 脳ドックとは、その名のとおり「脳に異常がないか」を詳しく調べてくれる検査で、認知症がどのくらい進んでいるかなんてことまでわかってしまう。

 ただ、その分お値段も張るわけで……

 職場の健康診断のオプションにもかかわらず、自己負担額はまさかの2万円!!

 正気の沙汰とは思えませんが、それでも当時の自分からすれば、

「うっかりの原因が明らかになるなら安いものである」

 という気持ちがありました。



 そうして、検査当日――

 MRIやMRAといったハイカラな響きの検査を乗り越えて、最後の項目、お医者様の面談による「認知機能検査」までたどりついたのです。


「今日は何曜日ですか?」

「昨日の夕飯は何を食べましたか?」


 質問内容はだいたいそんな感じ。

 最初は簡単なものから始まって、だんだんと複雑になってきます。


「おじいさん、壺、宝物。このキーワードで物語を作ってみてください」


 ふむ、別に面白さを求められているわけではないでしょうから、あたりさわりのないストーリーにしましょうかね。


「昔々あるところに、おじいさんがいました」

「そうね、おじいさんがいたわね」


 ところで、面談してくださっている女医さん、なぜかテンションが高めで、私が何か言うたびに合いの手を入れてくるのです。


「それで、どうしたのかしら?」

「畑仕事に出かけたら、壺が出てきて――」

「あらまあ! 壺が!!」


 いや、最初っからキーワードに「壺」が入っているわけですから、そんなに盛り上げてもらわなくてもいいのですが……


「それからそれから、どうなったの?」

「ええと、壺の中には宝物が入っていました」

「それは大変! おじいさんは、その見つけた宝物をどうしたのかしら?」


 ――おじいさん・壺・宝物。

 キーワードを使い切ったのに、まさか続きを求められるとは予想外でした。

 あせって挙動不審となる私。


「ええと……ええと……と……特に何もせず家に帰った、かなあ?」


「帰っちゃうの!? おじいさん、そこで宝を放置して帰っちゃうのッ!?」


 先生、私の回答に大興奮です。


「あっはい、だって、怪しいじゃないですか。

 まさか自分のチンケな畑ごときから宝が出てくるはずがないのです。

 きっとおじいさん、たぬきかきつねの仕業だと思ったんじゃないですかね。

 その宝だって、馬糞か何かだったに違いありませんよ」


 それを聞くと先生「ブフォ!」と吹き出しました。 

 この御方のツボがいまいちわかりません……


 先生はしばらく顔を真っ赤にして震えていましたが、やがて落ち着きを取り戻すと、検査の終了を宣言しました。そして――

「他に何か、気になっていることや、質問したいことはありますか?」


 そこで私は尋ねました。

「最近、どうにも記憶力が落ちていて、うっかりすることが多いんです。

 何かの病気じゃないでしょうか? アルツハイマー病とか……」


 すると先生は、PCに表示された私の脳味噌の写真を眺めながら、こんな質問を返してきましたではありませんか。


「吉田さんは、子供の頃とか、しっかりした子だったのかしら?」


 質問の意図は、この上なく簡単に理解できました。

 腑に落ちるとは、こういうことを言うのかもしれません。


「……あ、言われてみれば! 子供の頃から明確にしっかりしていない子でした。

 物は失くす、宿題は忘れる、給食はこぼす。 ロクな思い出がありません」


 しばしの間の後、先生は、ビジネスライクな笑顔を浮かべて言いました。

「今回の検査では、異常はまったく見られませんでした。健康そのものですよ」


「あはは~、そうですか~、お手数をおかけしました」


 診察室を出て、病院を出て、

 人目のつかないところまで来てから、崩れ落ちる私。


 うっかりさんは病気のせいじゃなかった……

 これまでも、これからも、一生治らないものなんだ……

 いったい、どうしろっていうんだよぉぉ……

 あと、2万円返せこんちくしょぉぉ……

 

 まあ、どうにもならなくって、

 そのとき就いていた仕事はけっきょく辞めちゃうんですけどね。


 どんどはれ。

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