2025.4.13 もののあはれ
とうとうお別れの時がやってきた。
彼が私の傘下に入ったのは、もう半年も前のことだったかと思う。
入れ替わりの激しいこの業界では、珍しいほど長持ちしたと言ってよいだろう。
今や唯一の先輩となったエバラくんが、
「もう、こんなところに戻って来るんじゃねーぞ」
といった風情でたたずんでいる。
私は詫びる。
「ごめんな、ごめんな、キミをトップスターにしてやれなくて……」
彼は、すっかり軽くなってしまった体で言う。
「いいんですよ。あなたに選ばれた時点で、こうなることは分かってましたから」
そのなめらかな頬を、涙がつたう。
「……でも、できることなら、
一度は100gあたり千円を超える大トロに使って欲しかったな」
我が家の調味料はアワレである。
さきほどの彼――
すなわちハ●スの「謹製おろし生わさび」くんは、その生涯のほとんどを
「冷ややっこ」
「もりそば」
「100g197円のびんちょうまぐろの刺身」
「100g298円のきはだまぐろの刺身(ただし売れ残りで50%引きの品)」
といった廉価な食品に捧げてきた。
そんな彼が一番輝いたのは、私が病気で動けなかったときに、病院帰りのスーパーで買って来た寿司の盛り合わせ(特売品)と共演したときであろうか……
まったく、涙を禁じ得ない。
しかし、さきのエバラくんなどは、悲哀を通り越してもはや無惨である。
私は牛肉も豚肉も大好きなのだが、値段の関係上、どうしても肉類は鶏肉がメインとなる。その場合、味付けはシンプルに塩か、あるいは味噌にした方が好みなので、彼はますます出番を失う。
結果、「黄●の味」などと謳いながら、最初から最後まで「パスタの隠し味」として生涯を終えることになるのだ。
(彼が冷蔵庫の牢名主になってしまうのは、そういうわけである)
――そんな中、ニヤリと笑うものがいた。
「ぼかァ最近、ちょっと株を上げてきましたよ」
永●園の「お茶づけ海苔」くんであった。
「最近、相棒のギャラが高騰したもんでね。
その分、僕の価値も高まったってもんさ」
私はおずおずと声をかける。
「あのー、すみません」
「何だい、マスター吉田」
「私の中では、君は“調味料”じゃなくて“具材”なんですよ。
いや、むしろ一品ものの“おかず”としてカウントしているから……」
その言葉に、お茶づけ海苔くんはうろたえる。
「ちょ、ちょっと待てよ。それはおかしいだろ!?
それじゃあ、味噌のヤロウはどうなんだよ。
マスターは、飯を作るのがおっくうで仕方ないとき、
ごはんに味噌をまぶしただけで一食済ませたりするじゃないか!
だったらアイツもおかずだってことになるけど、それでいいのか!?」
「……この話もうやめない?
貧しい食生活を、人前にあんまりさらしたくはないんだ」
あるじの狂気をはらんだ眼光に震えあがる永●園。
「あ、ごめん。俺、よく考えたらおかずだったわ。ほんとごめんな……」
今日も我が家の台所は平和である。




