2025.9.18 ウィザードリィなんかじゃない(1)
――城塞都市リノレガミン。数多の災禍が集う街である。
§ § §
【ギノレガメッシュの酒場】
(臭うぞ、あやつめの残り香なのじゃ……)
獣人の少女は、うす汚れた看板を睨みつけ、ため息をひとつ。
そして、店の扉を押し開けた。
一瞬、客の視線が彼女に集まる。
どいつもこいつも、一目でカタギではないとわかる連中だ。
だが、年端も行かぬ小娘にちょっかいを出して来るような輩はいない。
意外にも店内には、ある種の秩序――もしくは均衡が保たれていたのである。
お目当ての人物は、すぐに見つかった。
「宿主、これはいったいどうしたざまじゃ!」
「おやおや、これはこれはデンショウ=サン。ご無沙汰しておりますなァ」
そう言う絶世の美少年は、すでにできあがっている様子。
テーブルの上には、安いスピリッツの瓶が何本も転がっている。
デンショウと呼ばれたポンポコ娘(※1)は、少年に詰め寄った。
「今日の分の原稿はどうしたッ!」
「へへ、それがですね……聞くも涙、語るも涙の物語でござぁい……」
美少年――
つまりはこのエッセイの作者、ヨシダ・アキラの言い分はこうだ。
・当初は、前回の続きとして、ウィザードリィのリプレイを書くつもりだった。
・しかし、ふと気が付いてしまった。
(小説投稿サイトって、二次創作に制限があったような……)
そうなのだ。
構想していたウィザードリィのリプレイ化は、二次創作に当たる可能性が高い。
このエッセイの未来がかかっていた計画は、ことごとく灰塵と化したのである!
「その瞬間、心が折れちまいましてね。このウィザードリィっぽいけど微妙にウィザードリィじゃない世界に、魂が囚われちまったんですよ」
そう言って、アキラは酒瓶をあおった。しかし――
「空っぽだぁ。一滴も残ってねえや……はは……とんだピエロだぜ……」
明らかに正気を失っている。
デンショウがどうしたものかと思案に暮れていると、
バァァン!
酒場のドアを蹴破って、入って来る者これあり。
「ヨ~シ~ダ~ッ……ヨシダ・アキラはど~こ~だ~ッ!」
なんだろう、この懐かしさは……
知っている……
我々は、彼女のことを知っている!
遠い異界の「魔道探偵」、ナツメ・カナワのエントリーだ!!(※2)
ナツメは、腰まである黒髪をなびかせながらアキラの元へとやって来た。
かつて虎にも例えられたその獰猛な瞳は、怒りで爛々と輝いている。
「アンタさ、いつになったらこっちの続きを書くわけよ!
もう一ヶ月以上更新が止まっているんですけどねえッ!!」
「ふひひ、サーセン」
悪びれる様子もないアキラに対し、ナツメは無言でアイアンクローを決めた。
彼女の握力は、リンゴを軽々と握りつぶすほどである。
美少年の頭部がスムージーになりかけたちょうどその時、誰かがバタバタと店に駆け込んできた。
「あーッ、ナツメさん! 気持ちは分かるけど殺しちゃだめだよ!
その人がいなくなったら、誰が物語の続きを書くのさ!」
彼の名は、ユースケ・サイトー。
言わずと知れた、魔道探偵の相棒である。
「無料のAIにでも書かせた方が、よっぽど面白い話ができるんじゃないの?」
片手一つでアキラを振り回しながら、ナツメが冷酷に言い放つ。
「ぐっ……それは否定できない……。
けどさ、とにかく事情だけでも聞いてみようよ。ね」
ユースケの必死の説得に、ナツメは握力を緩めた。
アキラの体が、派手な音を立て、長椅子の上に放り出された。
§ § §
「……それはお疲れ様でした。心から同情します。辛かったですね」
事情を聞き終えたユースケが、労いの言葉をかけた。
それに気を良くしたのか、あるいは酔いが醒めたのか、アキラのメンタルはだいぶ落ち着いたようであった。
「君はいいやつだなあ……私の作品とはとても思えないよ」
それから、軽く首をすくめて――
「まあ、そういうわけでね。このウィザードリィっぽい世界から課せられたクエストをクリアしないと、私はここから出られないわけだ」
「だったら、早うクリアするのじゃ」とデンショウ。
「クリアして、こっちの続きを書かんかい」とナツメ。
女性陣は容赦が無い。
「そうは言うけどさ、けっこう難しいんだよ。一人じゃとても無理だし……」
難色を示すアキラに、ユースケが力強く語りかける。
「だったら僕たちも手伝います。ウィザードリィなら(エヘン!)ある程度プレイしたことありますしね。それに、この世界に入るとき、半強制的に訓練所で冒険者にさせられちゃいましたから。まかせてくださいよ」
その声には、ゲームオタクとしての矜持が籠っていた。
「やだ……今日のユウちゃん、なんだかカッコイイ! この色男ッ!!」
ナツメがユースケの背中をバシッと叩いた。
「痛ッ! ちょっとナツメさん、ほめてくれるのはうれしいけど……ゴボッ!?」
突如、ユースケの口からほとばしる鮮血!
「えええユウちゃん!? 何、いったいどうしちゃったのさ!?」
「あーごめん。僕の職業は“魔術師”なんだけどさ、グフッ。最大HPが2しかないんだよゴボッ(※3)。だから、やさしくしてくれると嬉しいな、ゴバッ」
慌てふためくナツメに対し、瀕死(※4)のユースケは落ち着いたものだ。
血をだくだくと吐きながら、ゆっくりと辺りを見回す。
「ええと、アキラさんは“戦士”。デンショウさんは“司教”。ナツメさんは“侍”かぁゲボゲボ……現時点では、だれも回復呪文は使えないんだね。このパーティには、“僧侶”を加える必要があると思うよ。あ、僧侶ってのは、回復呪文のエキスパートなんだ。あと、“盗賊”も欲しいなあガボガボ……」
「ちょ、ユウちゃん、もういいから! 喋らないで! 医者……じゃなくて、僧侶!
この酒場に僧侶はいないのか!?」
「ふふっ。それじゃあユースケ君がもう手遅れみたいじゃないですか。あははは」
くだらぬ茶々を入れたアキラの顔面に、ナツメの投げた空き瓶がヒットする。
冒険者の集う酒場の夜は、かくして混迷を深めていくのであった――
(続く)
※1……デンショウと呼ばれたポンポコ娘
このエッセイの筆者、吉田晶の脳内に潜む人格の一つ。 齢を経た雌狸。あざとい。
最近は吉田がピンチの時に登場させられることが多い。
※2……拙作『魔道探偵ナツメ事務所』参照
※3……HP
ヒットポイントの略。ダメージを受けると減少し、0になると死亡する。
ファミコン版ウィザードリィでは、キャラ作成時の最大HPはランダムで決まる。
“魔術師”の場合、運が悪いと冗談抜きで最大HPが「2」になったりする。
なお、そういったキャラは見なかったことにされて、登録抹消されることが多い。
※4……瀕死
ウィザードリィにおいては、状態異常にかかっていない限り、仮にHPが1でも元気ハツラツに行動することができる。HPについての謎は深まるばかりである。




