2025.4.5 月光のミステリー 惨劇篇
前回のあらすじ
先生・先輩・私の3人だけで、カラオケ(オール)をすることが決まったよ。
正気か!
§ § §
この時、私はかなり焦っていました。
ほら、社会人のカラオケって、暗黙の了解みたいなものがあるじゃないですか。
例えば――
「同じ人が2回連続で歌わない」とか「同じ曲を歌うのは避ける」とか。
先も申し上げましたが、私、ものすっごい音痴であります。
ですので、人前で歌えるようなナンバーって、「およげ!たいやきくん」と、
音楽の授業で試験科目だった「荒城の月」くらいしかないのですよ。
幸いなことに、ここまではそれなりに人数がいましたから、この2曲は披露せずに済んできました。
それでも、ここからは3人で、始発までのおよそ5時間をしのがなくてはなりません。
(不足っ……圧倒的レパートリー不足!)
そうしているうちに、先輩がマイクを取りました。
曲目は「わかれうた」。
(なるほど、お得意の中島みゆきで攻めてきますか……)
お次は先生です。
彼が選択したのは、「薔薇は美しく散る」。
むむむ、この流れで「ベルばら」をチョイスしてくるとは、侮れません。
最後は私、「荒城の月」を発動です。
「イヤイヤ、沁みるね……吉田サンの『荒城の月』は心に沁みるッ!」
ベロンベロンに酔っぱらっている先生は大喜び。
先輩は(接待カラオケで歌う曲じゃねえよ)って目でこちらを見ています。
申し訳ないですが、(知ったこっちゃないね)ってやつですよ。
私のようなカラオケ弱者を引き留めてしまったことを呪うがいい!
こうして、先輩にマイクが戻りました。
さあさ、2週目の始まりです。
彼の選曲は「時代」。
やはり、中島みゆきメドレーですね。
全年代対応で、長丁場にも強い。的確なチョイスです。
続いて、先生の2曲目は――
「ムーンライト伝説」
うおお、そう来ますか……
まさか、アニメの主題歌でコンボを決めてくるとは、恐るべし……
伊達に「先生」と呼ばれてはいません。
そして私は、満を持しての「およげ!たいやきくん」。
「60連勤」「理不尽なクレームへの対応」「月80時間の超勤+サビ残70時間」
そんな社畜の悲哀を乗せて、歌います。
「イヤイヤ、悲しいね……吉田サンの『およげ!たいやきくん』は悲しーッ!」
ベロンベロンに酔っぱらっている先生は号泣です。
先輩は(てめえが無能なだけじゃねえか)って目でこちらを見ています。
サーセン、パイセン! トンカツはマイ泉!
私のようなゴクツブシを採用してしまった人事を呪うがいい!
(続く)




