2025.8.14 野生への回帰
少し前に、「○○だぜぇ~? ワイルドだろぉ~?」
というネタでブレイクした芸人さん、いらっしゃいましたよね。
あの人を初めて見たとき、かつてのクラスメートのことを思い出したのです。
§ § §
私が小学生のころ、クラスにサトウくん(仮名)という男子がおりました。
ある日とつぜん、彼は野生に目覚めてしまったのです。
具体的に言うなら、文明を惰弱なものとして否定するようになったのです。
最初にその矛先が向かったのは階段でした。
「こんなものを使うのは、弱虫だっ!」
そう言い放つや否や、雄叫びとともに2階の教室の窓から飛び降りたのです。
決して、どこぞの坊ちゃんのように誰かに煽られたからでもありません。
ワイルドです。
……ただし、教室には階段を使って戻って来ましたし、3階から飛び降りるようなこともありませんでした。
そこらへんは、ちょっと微妙でした。
次に彼の野生の標的となったのは、服でした。
「服なんて着ているから、人間は弱くなるんだっ!」
そう言って彼は、上半身裸、さらには靴も履かずに過ごすようになりました。
ワイルドです。
……が、授業中はちゃんと服を着て、上履きも履いていました。
もちろん、先生に叱られるからです。
そこらへんは、ちょっと残念でした。
皆で外で遊んでいた時のことです。
「あー、喉がかわいたぜぇ」
上半身裸のサトウくんはそう大声で宣言し、あろうことか、川に直接口をつけて水を飲み始めたではありませんか!
そして、こちらを見てにやりと笑います。
(どうだ、お前らにはこんなマネはできないだろう)
クレイジーです。
その川、見た目は澄んでいますけどね、生活排水がバンバン流れ込んでいるどぶ川だったんですよ。
それくらいのことはわかる年齢でしたから、(あ、コイツ、このままだとマジでやばいぞ)とかなり焦りました。
かと言って、私たちが何か言っても、彼は不機嫌になるばかりです。
最悪、チクリ野郎の汚名を着せられようとも、大人に相談すべきか悩むほどでした。
まあ、結果としては杞憂に終わったのですけどね。
数日後――
そこには、普通に服を着ているサトウくんの姿が!
彼は野生と決別し、文明社会へと帰って来る道を選んだのです。
(実際のところ、彼の奇行が “ご近所ネットワーク” でサトウ家へと伝わってしまい、ご両親にこっぴどく叱られたらしい)
あの調子だと、全てを投げ打って全裸暮らしになる未来も現実味があっただけに、本当にホッとしました。
いやあ、よかった、よかった。
§ § §
さて、大人になってから、たまたま昔のメンツで遊んだことがありました。
そこにはサトウくんもいたので、あの時どうして野生に目覚めたのか尋ねてみたのです。
すると彼は、
「やめろッ、あの頃の話はやめろッ!」
としばらく悶えたあと、小声でこう言いました。
「タ……ターザンがカッコよかったから」
なるほど、ターザンですか。
確かにカッコよかったですものね、ターザン!
そういや、彼の家のワンコの名前もチーターでしたもんね。
長年の疑問が、ようやく解けましたよ。
……って、ただのミーハーじゃねえか!
私のあの頃の心配を返せっ、このやろう!!
もっと崇高な理念があったのだと思い込んでいた私は、ツッコまずにはいられませんでした。
すると、すでに二児の父親となったサトウくんは、苦しそうな表情でこんなことを言うのです。
「今でも『ターザン』と聞くたびに、いたたまれない気持ちになる」
「少年ジャンプで連載されていた『ジャングルの王者ターちゃん』ですら、かつての自分を思い出してしまうので、読むことができずにいる」
申し訳ないけれど、あまりにバカバカしくて、死ぬほど笑ってしまいました。
えー、ごほん。
かように、一時の情熱が、心に癒えぬ傷をつけることがあるのです。
特に若い皆様におかれましては、なにとぞご注意くださいますよう、老婆心ながら申し上げます。
ではでは、また次回。




