2025.8.3 ふたりいる
いまから一週間くらい前のことです。
視界の隅を、小さな影がよぎりました。
「またアレ(※)か! あのアレなのか! FAX! FAX!!」
気分はすっかり臨戦態勢、阿修羅の如き気持ちでよーく見てみると、それは体長1cmにも満たないハエトリグモなのでした。
害虫以外には優しいワタクシ。
彼女を部屋の外にそっと出してやろうとしたとき、思ったのです。
(そういや蜘蛛って、「あのアレ」の天敵じゃなかったっけ)
こうして、彼女と私の同居生活が始まったのです。
§ § §
さて、いっしょに暮していくことになった以上は、名前がないと不便。
ならば――
ドドドドドドドドドド……(効果音)
この吉田サンが名づけ親になってやるッ!
そうだな……『鳥取砂丘に吹く熱風!』と言う意味の
「ジョルジアンカ」というのはどうかな!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……(効果音)
彼女からは特に反論もありませんでしたので、これで決まりですね。
これからよろしくな、ジョルジアンカ。
§ § §
季節が夏ということもあるでしょうが、ジョルジアンカは活発です。
そこらへんをぴょんぴょこ跳びまわっています。
ただ、私はあまり目が良くないので、彼女が視界に入るたび「あのアレの幼虫」が現れたかと思ってビクッとしてしまう。
ぶっちゃけ、それなりにストレスです。
……いやいや、いやしくも同居虫に対してそんなことを思ってはいけない。
彼女は益虫。彼女は益虫。彼女は益虫。
ウィキペディアにもそう書いてあるから間違いありません。
ですので、彼女との距離を縮めるため、その姿が視界に入るたびに声をかけることにしました。
――お、ジョルジアンカは今日も元気だね。
――おいおい、天井に張り付いてスパイダーマッごっこかい、ふふふ。
――「ひざまくら」と「いざ鎌倉」って、語感がめっちゃ似てるよね。
繰り返されるたわいないやりとり。
そこには確かに、種族を超えた心の交流があったのです。
§ § §
昨日、奇妙なことに気が付きました。
ジョルジアンカの移動速度が尋常ではないのです。
さっきまで寝室の本棚で遊んでいたのに、今、台所に行くとすでにその天井に
へばりついているではありませんか。
(あれ……?)
寝室に戻ってみると、そこにジョルジアンカ。
台所に行けば、やはりジョルジアンカ。
そうです、ジョルジアンカは二人いたのです!
昔、「世界まる見え!テレビ特●部」で見た
「夫だと思っていたのは、実は夫の双子の弟だった!!」
みたいな展開ではありませんか。
心を通わせていたと信じていた彼女は、
見ず知らずの別人――いや、別虫だったのかもしれない。
その事実は、私を激しく狼狽させました。
これからどうしよう。(おろおろ)
寝室にいる方を「ジョルジアンカ1号」、台所にいる方を「ジョルジアンカ2号」とでも呼べばいいのか。(おろおろ)
しかし、1号も2号もまったく見分けがつかないのです
「ああもう、めんどくせえから、りょうほうジョルジアンカでいいや」
0.5秒ほど悩んだあげく、私が出した結論は、それでした。
今日もジョルジアンカは、元気です。
ぴょんぴょこ
ぴょんぴょこ
どんどはれ。
※……「2025.7.8 G戦場アノアレ」 参照




