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チラシの裏の裏には書けない  作者: 吉田 晶


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2025.7.28 邦題

 おやおや、幼き日の吉田さんが、一冊の本を手に取りましたよ。


 本の名は『二年間の休暇』。


 タイトルからは、内容が全く想像できません。

 別にJ・ベルヌという作者を知っていたわけでも、福音館書店という出版社を意識していたわけでもないのです。

 確か学校の図書室で借りたと思うのですが、どうしてそんな正体不明の本をチョイスしたのか……そのあたりのことは、ちょっと思い出せそうにありません。

 

 しかし、結果からすれば、その選択はまさに大正解でした。

 これがもう面白いのなんのって!

 けっこう分厚い本でしたが、一気読みしてしまいました。


 そして、読み終わったあとに思ったのです。


 あれ? これっていわゆるひとつの『十五少年漂流記』なんじゃないの?


 そうなのです。

 この本の翻訳者である朝倉剛先生が、あとがきで次のように記しています。


「この物語は、一八九六年(明治二九年)森田思軒がつけた『十五少年』という題名で親しまれてきました。【中略】ここに完訳を試みてみました。題名も、原作どおり『二年間の休暇』としました――」


 その経緯は、ウィキペディアにも書いてあります。

 (ちなみに、ウィキペディアでの記事名は「十五少年漂流記」)


「日本では1896年(明治29年)に森田思軒により博文館の雑誌『少年世界』に『冒険奇談 十五少年』(「冒険」という熟語は訳出時に造られた)として英訳から抄訳・重訳して連載され、12月には単行本『十五少年』として出版され評判となった(使用英訳書は不明)。『十五少年漂流記』というタイトルは、森田思軒の娘・下子の夫である白石実三により命名されたという。後に新潮社が子供向けに内容を要約し、『十五少年漂流記』というタイトルで1951年(昭和26年)に出版し、昭和中期にはこの作品名が定着した。その後、福音館書店が原作通りの翻訳(完訳)を1968年(昭和43年)に『二年間の休暇』というタイトルで刊行しロングセラーになっている」


 なるほどなるほど。

 ……で、ふと思ったんですがね、


 ①『冒険奇談 十五少年』(1896)

 ②『十五少年漂流記』(1951)

 ③『二年間の休暇』(1968)


 この三つの中で、どれが一番邦題としてセンスがいいかなあ、と。

 

 もちろん、時代の差は大きいのです。

 ①が発表された当時は、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を『西洋珍説 人肉質入裁判(※1)』と訳していたような時代でした。

 そのように、まだまだ珍しかった西洋の物語を、なんとかとっつきやすくしようとした努力は理解できます。原題『Deux Ans de Vacances』に含まれる「バカンス(=長期休暇)」という習慣が、当時の日本人には馴染みがないということもあって、こんなタイトルに落ち着いたのでしょうね。

 「角書き(※2)」を「レトロでおしゃれ」と捉えるか「仰々しくてかっこわるい」と捉えるかでも、評価が分かれるところかと思います。


 ②は、昭和中期(戦後まもなく)に定着したタイトルです。

 子供向けの要約ですので、わかりやすさ重視。

 「少年たちだけで(大人の力を借りずに)、漂流生活を乗り切っていく」

 そんなワクワク感が伝わってくるのはポイント高いですね。いいよいいよ!

 一方で、大人の視点から見ると、やや語り過ぎている感も否めません。


 ③は原題の直訳ですから、その点は非常に大きなアドバンテージだと思います。

 ただ、正直に申し上げますと、当時の吉田少年にはいまいちピンと来ないタイトルでした。同じ作者の「海底二万マイル(※3)」なんかは、すごくカッコいいと思ったんですけどね。

 それと、ネタバレ気味なところがやや気になるのです。

 「休暇」の指すところが分かれば、「あ、少年たちは、2年間は国に帰れないぞ(あるいは、2年後には帰れるぞ)」って察してしまうので……。


 


 ――こうしてみると、やはりなじみ深い②『十五少年漂流記』がイチオシになってしまいますね。みなさまはどうでしょうか?


※1……井上勤訳『西洋珍説 人肉質入裁判』1886

※2……書物の題名の上に、その主題や内容を示す文字を2行に割って書いたもの。

    「冒険奇談」とか「西洋珍説」の箇所がそれに当たる

※3……原題に正確に訳すなら「海底二万リーグ」が正しいとのこと。

    ちなみにマイル換算すると「海底六万マイル」になるらしい。

    なんだかなあ。

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