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第八十三矢 成長

 武田の使者が駿府館に訪れてから、早くも五日ほど経っていた。

 その駿府館の大広間では、俺と蓮嶺姫が向かい合って座っていた。


「父上、大事な話とは一体…?」


 蓮嶺は呼び出される心当たりがなく、俺に聞く。

 それに対して、俺はためらう。


「父上…?」


 再度呼びかける蓮嶺の声を聞いて、俺は意を決して言った。


「実は武田から縁談が来ているんだ。」

「……!」


 俺の言葉に蓮嶺は一瞬驚いたものの、すぐにいつもの落ち着いた顔に戻った。

 俺は蓮嶺の様子を確認し、一つため息をついてから重々しい声で問いかけた。


「蓮嶺、他家に嫁ぐ覚悟はある?」


 蓮嶺は昔から冷静で聡い子であった。

 物事をきちんと理解できており、大人と遜色ない気品を兼ね備えていた。

 だが、それでも俺からしたらまだ子供。

 まして、まだ母親を亡くしてまもない子供だ。

 父親としてみれば、そんな状況の娘を嫁がせるなど論外であった。

 一方で、今後のさらなる領土拡大において、武田との繋がりは今以上に深めておいたほうが今川にとって得なのは事実。


 今川全体の利益を取るか、それとも蓮嶺への愛情を取るか。

 俺の中ではすでに答えは《《ほぼ》》決まっていた。

 だが、親としての感情がその決断までに至らせていなかったのだ。

 俺にとって、こんなにも苦悩することは初めてのことだった。


 未だに迷いを見せる俺に対して、蓮嶺は真っ直ぐ俺を見て即答した。


「私は今川の繁栄のためならば、死地にも赴く所存です。」


 蓮嶺は覚悟を決めた目をしていた。


(ちょっと前までは、あんなに小さかったのになあ…)


 蓮嶺の成長を感じて、俺は目頭を押さえた。

 そして迷いを断った。


(娘が覚悟を決めてくれているのに、父親の俺がいつまでも迷ってちゃいけないな。)


 俺は蓮嶺の目を見て、当主としての決断を下した。


「蓮嶺、武田さんのところに嫁いでください。」


 それから二年後―


 嫁入りの際の様々な準備を済ませて、いよいよ蓮嶺が駿府館から離れる日がやって来た。

 俺たちは最後に言葉を交わす。


「向こうでも元気でね。何かあったら(ふみ)で俺に伝えて。」

「父上、そんなに心配なさらなくとも…武田の若君は器の大きい方と風の噂で聞いておりますから安心してくださいませ。」


 すると、ずっと横ですすり泣いていた福姫が涙声で言った。


「姉上、行ってしまうのですか。」


 そんな福の手を蓮嶺がギュッと両手で握った。


「福、泣くでない。せっかくのかわゆい顔が台無しじゃぞ。」

「で、でも…」

「その気になればいつでも会える。それに私の心はいつも福と共におる。私はそう思うておるが、福は違うのか?」

「福も姉上と心を共にしてます!」

「ならば、寂しくはないな?」

「はい。寂しくなど…寂しくなど…」


 福は再びこぼれ落ちそうな涙を必死に拭いながら、うなずいた。

 蓮嶺はそんな福の頭を優しく撫でて、俺たちに別れを告げた。


「では、行って参ります。」


 蓮嶺を乗せた御輿は駿府館から甲斐国へと向かっていく。

 俺は見えなくなるまで、御輿を見送っていた。


 そうして、武田との婚姻同盟は再び締結されたのだった。

 そんな中、崇孚がとある提言をしてきた。

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