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第七十七矢 出世

 二人が座り終えるのを待って、俺は言い放った。


「単刀直入に言うね。犬丸君、藤三郎君には小姓から母衣(ほろ)衆になってもらいます!」


 母衣衆とは馬廻(うままわり)衆の中の精鋭部隊のことである。

 馬廻衆、それは現代で言うエリート集団である。

 戦時には殿の親衛隊兼伝令の役割を果たし、平時には殿への取次や殿の警護を担っていた。

 その馬廻衆の筆頭に俺は二人を選んだのだ。

 その言葉を聞いた藤三郎は身を乗り出して、俺におそるおそる確認した。


「それは…真にございますか…!」

「うん、本当。」


 よほど出世が嬉しかったのだろう。

 俺がうなずくと、藤三郎は目を輝かせて頭をバッと下げた。


「有り難き幸せにございます!」


 一方で、犬丸は浮かない顔をしていた。


「どしたの?犬丸君。」


 俺がそう聞くと、犬丸は意を決したように言った。


「殿、それがしは殿の小姓としてそばにいとうございます。」

「何で?出世うれしくないの?」

「確かにそれは嬉しゅうございますが…」


 犬丸はギュッと力強く手を握る。


「それがしは父上の代わりに殿をいつまでもそばで支えていきたいのでございまする。」

「そっかー。でも、いつまでも小姓っていうのも…」


 俺がどうしようかと困っていると、ずっと犬丸の言い分を黙って聞いていた藤三郎が口を開いた。


「殿、こやつのわがままなど聞く必要ありませぬ。」

「なぬ?」


 藤三郎の言葉に犬丸がピクッと反応した。


「おぬし今何と言った?もう一度申してみるがよい。」

「これ以上殿を困らすでない駄犬が、と言うとるのだ。」

「わしが殿を困らせておるわけなかろう。」

「現に今、殿の(めい)に逆らっておるではないか。これをわがままと言わずに何と言うのだ。」

「貴様…」


 両者は俺がいることを忘れて睨み合う。

 そこで、俺はパンッと手を叩いた。


「はいはい二人とも喧嘩はやめてねー」


 両者はハッとして、ほぼ同時に俺に頭を下げた。


「すみませぬ。殿の御前でこのような見苦しいところを…」

「いやまあいいけど、あんまり喧嘩はしないでね。」


 俺はそう言うと、少し黙考(もっこう)してから犬丸に切り出した。


「俺なりに考えてみたんだけどさ、要は犬丸君はずっとそばで俺を支えていきたいってことだよね?」

「はい、その通りでございまする。」


 俺の問いに犬丸はうなずく。


「それじゃあ小姓とかじゃなくて、範高さんみたいに重臣として俺を支えてよ。」


 犬丸がキョトンとしている中、俺は話を進める。


「そっちの方が長い目で見れば、俺のそばにいられると思う。だから経験として母衣衆やってみなよ。犬丸君はちゃんと実力があるんだから。」


 実力があるんだから、という言葉が犬丸の頭の中で繰り返された。


(実力がある…つまり、殿はわしに期待なさっておられるということ……)


 犬丸の心はじわじわと喜びで満たされていき、ついに有頂天に達した。

 犬丸は改まって、勢いよく俺に頭を下げた。


「殿!この三浦義就、母衣衆として殿の力になりますよう尽力いたしまする!」

「うん、その調子で頑張って。」

「そして、いつか殿の重臣として仕えられるような将になるため精進いたしまする!」


 こうして、犬丸と藤三郎はそれぞれ新たな一歩を踏み出していったのだった。

馬廻衆と小姓の階級は同格だったらしいです。

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