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第七十五・五矢 優しき少年

 長き戦に一区切りがついた駿府館。

 その駿府館では、武芸に励む若者たちがいた。


「てや!せや!」


 木刀を持った少年の攻撃を、崇孚は同じく木刀で上手く受け流す。

 二人は剣術の稽古をしていた。

 その稽古の様子を今川氏真や氏真の小姓たちが眺めている。

 この少年の名は松平竹千代。

 三河国からやって来た人質である。

 義元はなるべく竹千代を人質扱いしないように、崇孚の元で氏真たちと共に勉学を学ばせることにしたのだ。

 竹千代と氏真は五つほど歳が離れていたが、お互いに国主の嫡男という共通点もあっただろう。

 氏真と竹千代はすぐに仲良くなったのだった。


 竹千代が稽古を終え、今度は氏真が稽古を始めた。氏真は果敢に崇孚に攻撃を仕掛け続ける。しかし崇孚はこれを全て受け止めると、少し疲れが見えていた氏真に強めの打撃を与えた。


「あ…」


 その力に耐えきれず、氏真は態勢を崩して尻もちをついてしまった。崇孚の木刀の先が氏真の額に突きつけられた。


「少々焦りが見える。」


 崇孚は木刀を下ろした。


「しばしの間、休憩としよう。」


 崇孚はそう言うと軒下に腰を下ろした。

 氏真たちはハアハアと呼吸を整える。

 そしてだいぶ呼吸が落ち着いた時に、氏真が竹千代に話しかけた。


「なあ竹千代、私は父上のようになれると思うか?」

「氏真様…?」

「私には父上のような才覚など持ち合わせておらぬ。だから不安なのだ。こんな私が父上の跡を継げるのかと…」


 竹千代始めそばにいた小姓たちが戸惑っていると、氏真はハッとして顔を背けた。


「…すまぬ。今のは忘れてくれ。」


 その時、竹千代は悟った。

 ああ、この方は自信が持てないのだ、と。

 座学は自分より断然優秀で、武芸だって苦手だとは言っているが才覚がある方だと思う。

 ただ、今川という名家の重圧で自信を失っている。

 父親と自分を比較して、自分を卑下していた。ゆえに早く父親に追いつこうとして、様々な事を焦ってしまっているのだ。

 竹千代はその気持ちがよく分かっていた。

 なぜなら、一時期自分も同じように思っていた時があったからだ。

 竹千代はギュッと(くちびる)を噛み、その場で立ち上がった。


「氏真様!」


 竹千代は両手を広げ、にこやかに言った。


「氏真様は氏真様、義元様は義元様にございます。だから、そう気負わなくても良いのでございます!」

「父上は父上…」


 竹千代の言葉に氏真は驚いていたが、しばらくしてフフッと笑った。


「そうだな、竹千代の言う通りだ…」


 氏真は優しげな目を竹千代に向けて、二回うなずいた。


「氏真様!我らもついておりまするよ!」

「そうだな。いつもありがとう。」


 小姓たちも氏真を元気つけようと言うと、氏真は感謝を述べた。

 そして、崇孚が氏真たちの元へと来て声をかける。


「よし、稽古を再開しよう。」

「「はい!」」


 若者たちは再び稽古を始めた。

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